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人生は一番美しい童話である(7)
10分ほど歩いたところでセリーヌはやっと、その男性の姿を目に捕らえた。髪の毛は白銀だろうか。若そうな見た目に反して随分と年老いた髪色だ、と彼女は思った。建物から競りでた階段に腰掛け、空を見つめている。左手の指の間からは煙が昇っていた。朝の至福の時間を過ごしているのだろう。
じっと見つめていると、不意に彼がこちらを向いた。
数秒間彼らは見つめあった。セリーヌはルーカスのことなど嘘のように忘れ、彼の瞳を食い入るように見つめる。何か、とてつもなく大事なことを彼女は忘れているような気がした。
その時間は彼が唐突に立ち上がったことで終わる。そこで彼女は気づいた。
彼の思考が全く読めなかったことを。
ゆっくりと歩みをこちらに進める彼とは反対に、じりじりと後ろに下がる。彼女は久方ぶりに自分を蝕む感情に焦る。
何を考えているのだろう。
何をしようとしているんだろう。
それがわからない状況は彼女にトラウマを容易に思い出させ、パニック状態に陥れる。息がつまる。ひゅうひゅうと風船から空気が抜けるようにしか、息ができなかった。