人生は一番美しい童話である(60)
アルバート達は先に帰っていたため、セリーヌとアリーはポツポツと帰り道を歩いていた。2人の間に言葉は無い。それぞれ先程の会話を反芻していた。
気付けば日暮れ近くである。
オレンジ色に染まり始めた街並みが、否応なしに哀愁を漂わせていた。
「いい人ね」
アリーが呟く。セリーヌは無言で頷いた。
確かにいい人だ。普通の人にとっては。
セリーヌにとってもいい人だ。
だからこそ、怖かった。いつか自分が彼を好きになってしまうのではないか。そして自分の正体がバレるのではないか。バレた時、自分は裏切り者に変わる。平和を愛する彼にとって、彼女は悪の元凶の様なものなのだから。
誰かを愛したことはない。これからもきっと、愛することはない。否。愛することは赦されないのだ。決して。
辛いなぁと彼女は笑う。それを見てアリーがそっと彼女の肩を抱いた。
愛した人を失ったアリーと愛することをしないセリーヌ。一見したところ同じではないが、愛を失っている苦しみを2人は知っている。
「…だけど、アタシ達には勿体ないわね。
またお茶しましょう、なんて、どうして言ってしまったのかしら」
アリーが苦笑いを浮かべる。それにつられるようにセリーヌも首をかしげた。確かに彼とのお茶は楽しかった。
だが次、また会ったとき。2人はまた仮面を被らなければならない。変わった思想を隠す為の"普通の人"の仮面を。それは決して楽しいことではない。むしろ、彼らの心を抉るように食い込み、普通にさせようとする。その方が幸せだと、信じ込ませようとする。
「明日は少し街を散策してみよう。もしかしたら、誰か見ていたかもしれない」
セリーヌが何かを振り切るようにくるりとその場で回った。言葉遣いとは裏腹な仕草に、アリーはくすりとする。
「ついでに今度は2人でお茶しましょ」
そう言ってアリーは空を見上げた。言いたいことが沢山ある。思い出してしまったことが沢山ある。それが零れ落ちないように。彼女はぐっと歯を食い縛った。




