人生は一番美しい童話である(59)
「…僕はそこまで何か特別なことをしているわけじゃないよ。将来的に父のホテルを継ぐことになるから、そのための勉強中。
本当はこんな町、でたいんだけどね」
寂しげに笑いながらトーマスが呟く。
この町から出たい。
それはきっと私達のせいだな、とセリーヌは笑った。そんな彼女をアリーが訝しげに見ているとも露知らず。
「お父様のホテルを継ぐってことは、将来安定ね」
「そんなことはないんだよ。時代によって利用客も少しずつ変わる。それに僕たちは合わせなくちゃいけない。
客に変わらせるわけ、いかないからね。
不満に思いながら帰るか、満足しながら帰るか。その1つで、ホテルを潰れさせることもできるし、有名にすることもできる」
深いのねえ、とアリーが感心していた。その横でセリーヌも頷いている。
「有名なのか?」
「そうね、気になるわね」
2人が爛々と目を光らせる。トーマスが笑いながら「まあね」と呟いた。
「街の中じゃ一番じゃないかな」
「…もしかして、オリエントホテル?」
「そんな名前だったかもしれないね」
「やだ。御曹司だわ」
結婚しちゃいなさいよ、先は安泰よ。
とでも言いたげな目でアリーはセリーヌを見つめた。笑って首を横に振るセリーヌ。
「…いい物件だと思わないか? サリー」
「素敵だと思うよ、トミー」
2人は顔を見合せ笑う。
「なになに。渾名まで決めあう程の仲良しなの?」
「そんなところかな」
トーマスが立ち上がりながら言った。
「そろそろ僕は帰るよ。父さんと約束があるから。
お嬢さん達はどうする?」
「アタシ達もそろそろ帰るわ」
そう言ってアリーも席を立った。
「また3人でお茶しましょうね」
アリーがにこにこと笑いながらトーマスの肩を叩く。その仕草は自然で、まるで往年の友の様だった。