人生は一番美しい童話である(57)
路地裏から暫く歩いたところにあった小洒落たカフェに入る。
「喫煙できる席はあるかしら」
アリーが煙草を取り出しながら店員に聞くと、彼女は彼らをテラス席へと案内した。そこには誰もいない。これなら話題に気を使うことも無いだろう。
しかし、セリーヌは内心焦っていた。トーマスと2人での食事なら誤魔化せる事もあるが、アリーがいるとなると話は変わってくる。少なくとも彼は2人をルームメイトだと思っている。しかし、実際にあったのは昨日のこと。まだまだ知らないことがあるなかで話を合わせ嘘をつくのは危険な賭けだ。
「アリーは煙草を吸うんだね」
トーマスが灰皿を差し出しつつ、彼女に問う。左手を目の前にかざし、ありがとうの合図をとった後、彼女は紫煙を吐き出しながら「そうなの」と呟いた。
「特に仕事の時はね」
そう言ってウインクをセリーヌに向ける。覚えておいてね、という意味だろう。
「随分と強い煙草を吸うんだね」
「見た目は女でも中身は男だから」
「確かにそれは間違いないや」
彼は興味深そうに、7のマークのついた箱を何度もひっくり返しては眺めていた。
「1本どう?」
アリーはそう言って彼に進める。トーマスは手を目の前で振り、断った。
「ところで仕事って何してるんだい?」
トーマスがぐっと身を乗り出して問いかける。それに合わせるようにセリーヌは身体を反らした。
「アタシはしがないデザイナー。有名じゃないから、詳しくは聞かないで頂戴」
笑いながらアリーが答える。彼女ほど自然と嘘をつける人間がいるだろうか。いるとしたら、そいつは間違いなくさぎしだ。
「それでセリーヌは」
「私は画家だ。私もしがない初心者だ。だから詳しくは聞かないでくれ」
セリーヌは苦笑いした。
「画家か!想像もしなかったな。
君が絵の具にまみれているところなんて、想像できないよ」
トーマスも笑いながら言う。それから、うーんと唸って目をつむった。セリーヌが絵を描いているところを想像しているのだろう。
「…ちょっとぱぱっと描いてみてくれよ」
彼が胸元から1枚紙を取り出す。それはドーナツ屋のレシートだった。かなり大量に買い込んだらしい。絵が悠々と描けそうなほどの長方形だった。