人生は一番美しい童話である(54)
車が揺れる度に身体が上下左右に揺さぶられ、アリーやトットにぶつかる。車が悪いのか運転手が悪いのか、わかったところで何もできまい。言ったが最期、一生喋れなくなるのは目に見えている。
「…アルバート。たぶん…この…車がさ…悪いと…うぷ…おもうんだけど…オレ…吐きそ」
「新車だぞ! トット! ワインとリゾットは確かに相性がいいが、車の中でそれを繰り広げるのはやめてくれよ」
「…うっぷ」
返事の代わりにトットは窓の外を流れる景色を凝視している。その目は死の縁から逃れようともがき足掻く様子に瓜二つだ。彼は助演男優賞を貰えるだろう。もちろん、エミー賞だ。
「お願いだから、アタシの横ではやめてね。 …セリーヌ席替えなんてどう?」
露骨な交渉をしてくる彼女を睨み付けセリーヌはため息をついた。
「万が一のことがあれば、両側からお前の膝をリゾットの皿にしてやるから安心しろ」
「セリーヌまでやめてよね! この服しか今無いんだから」
「それなら、アリーちゃん。私が新しいのをあとで買おう。だから存分にやりなさい、セリーヌ、トットくん。誰かの服が犠牲になるなら車が汚れる心配もないだろう」
「…最低な父親」
そう言った声色は本当に子供の口から出てきたようで、アルバートが肩を竦めて「ごめんよ、俺の愛娘」と呟いた。
そうこうするうちに窓に昨夜みた景色が流れ始める。アルバートがドーナツ屋の前に車を止め、降りて店内に入った。どうやら、ここで買い物をしている間に終わらせろよ、ということらしい。
「ドーナツでどれだけ時間が稼げるのか、見物ね」
そう言ってルーカスは彼の背中を悠々と追いかける。
トットはと言えば、下水口に向かって何やら悪態をついている。耳にするのも憚られる言葉のパレードに、セリーヌとアリーは耳を塞ぎながら路地裏へと急いだ。
昨日よりは幾分、路地は明るい。そこら中に広がったゴミの山から目をそらす。
「随分とお行儀のいい浮浪者達なのね。道の真ん中にゴミを捨てちゃいけないのは知ってるみたい」
「…私達の為に、道をこしらえたように綺麗だな」
「そうだと少し、状況は変わってくるわね」
「…そうでなくても、状況は少し変わったよ、アリー」
セリーヌは路地の奥を指差す。