人生は一番美しい童話である(53)
「…随分早いお目覚めだな、姫様」
そう言ってセリーヌは笑った。そっくりそのまま自分にブーメランのように返ってくる台詞だ。
「あなたたちもね。でも30分近く待ったわ」
予想通りの言葉と予想外の言葉がアリーの口から紡がれる。30分も前から私たちが来ることがわかっていたのか。詰めが甘かったな、とセリーヌは自嘲気味にまた笑う。
「…アタシにも行かせてよ。仲間はずれなんていやよ。家族でしょ?」
マフィアみたいね、と、笑う彼女の目はほんの少しだけ昨夜の腫れを隠せないでいた。よく見ると目の下には隈まである。彼女もまた眠れなかった独りなのだ。セリーヌ達とは理由が少し異なるが。
「…行こうか」
そう言って扉を開けると同時に彼女は身構えた。門の前に見知らぬ車が止まっていたのだ。
その窓がスッと開いて、アルバートが微笑んだ。
「車、買っちゃった」
おどけたように言いながら彼は車を降りてくる。助手席にはルーカスの姿も見えた。
「家族が増えたからな」
さあ、乗りなさい、とでも言うように後部座席のドアを開ける。白髪の老人には不釣り合いなワゴンR。色は何故かワインレッドだ。こんな色の車、ないだろうと心中で呟きながらセリーヌは乗り込む。特注に違いない。
アルバートが赤ワインが好きだと昔言っていたのを彼女は思い出す。グラスに注ぐ際にボトルを伝い、添えられたトーションに染み込む赤が彼の心を穏やかにするらしい。何故かは知らない。ただただ、変な人の子供として育ってきたのだなぁと思っていた。
そして今この瞬間も、その思いが彼女の脳裏を駆け巡っていた。