人生は一番美しい童話である(51)
帰り際、アリーはずっと笑ったままだった。暗い夜道を歩くときも、セリーヌの家についたときも、アルバートとルーカスへの挨拶の時も。張り付いたようにひきつった笑顔が、言い表し様の無い美しさを放っていた。
「…お前にはこの部屋だ、トット」
セリーヌの部屋と対角線上にある部屋をトットに見せる。
「中にあるのは必要最低限のものだけだ」
とは言っても、アルバートにとっての必要最低限のものは常人にとっては手に余る場合もある。1人部屋には大きすぎる3人掛けのソファと薄型テレビに彼は困惑したような顔でセリーヌを見つめた。
「要らないものや必要なものがあれば教えてくれ。すぐに手配する」
「…靴が、欲しいかな。あと服も」
「そういう細かいものは明日にでも買いにいけばいい。わたしが言ってるのは、今にでも必要だがすぐには揃えられない様なものだ。例えば」
そこまで言って彼女は黙った。
アルバートに揃えられないものなど、あるのだろうか。それはぐるぐると円を描くように彼女の頭の中を渦巻いたあと、そんなものはないと言う結論に達した。
「まあ、なんでもいい。今まで手に入らなかったが欲しいものがあれば言ってくれ」
「…例えば、ガラス繊維でできた凧糸なんてどうかな」
トットが少し控えめな声で聞く。
武器ならむしろ願ったり叶ったりだ。
「それなら明日にでも届けさせよう」
後ろからアルバートが告げた。いつから後ろにいたのかと2人は勢いよく振り返る。
「…少し心配になってね」
そう言って顎をしゃくった。アリーは先程までの笑みが嘘のように、空を見つめている。
「明日、私がもう一度見てくる」
セリーヌはそう言って目を伏せた。
「オレも連れてってくれ、セリーヌ」
トットが小さい背をグッと伸ばした。
「アリーはオレの家族なんだ」
「…違うよ、トット君」
アルバートが満面の笑みを浮かべて言う。
「私たちの、家族だ」