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人生は一番美しい童話である(5)
セリーヌに母親はいない。否、実際遠い昔にはいたが21という若さで母親の存在など生活からも記憶からも抹消していた。彼のお陰で得たものも多いが、失ったものの方が遥かに多かった。
だから未だに彼女は思うのだ。あいつの遺伝子を体内に宿していると思うと嗚咽がする、と。
「やっぱりここにいたのね、お嬢」
いきなり後ろから頭を撫でられる。
「脇が甘いわよ」
「…ルーカス。おはよう」
「おはよう。…脇が甘いのは私の方ね」
首筋の横にぴたりと張り付いたナイフの切っ先を見て彼女は鼻で笑った。
「危うく殺すところだった」
「物騒なこと言わないでちょうだい。まだ25だし、死にたくないわ」
腰まで伸びた黒髪を左右に振りながら彼女は笑った。1つに束ねられたそれ自体が立派な武器に成りそうだ、なんてどうでもいいことがセリーヌの頭をよぎる。
ルーカスはセリーヌの住む屋敷にいる唯一の執事で、彼女にとっては母親のようなものだった。歳は4つしか違わないが、妙に彼女は大人びている。太陽の光を浴びても一切光を通そうとしない灰色の瞳が、セリーヌは大好きだった。