人生は一番美しい童話である(47)
セリーヌはこくりと頷き、ため息をついた。それからそっと目を閉じる。敵と対峙したときは一瞬で10分先まで飛び、その過程は見ない。だから、今回のように10分間を丸々と予知したのは初めてだった。精神を集中させたのはものの5秒。しかしその5秒に10分間が詰め込まれている。彼女に襲いかかる眠気はその副作用とも言えるだろう。
「この貝殻、いたって普通だわ。これじゃないのかもしれないわね」
アリーがぽいと後ろ手に貝殻を捨て、次の貝殻を拾い上げた。そして次々にそこにある桃色の貝殻を集め始めた。
「これも普通…こっちも…これなんかオレンジだったわ」
ぶつぶつと呪文のように唱えながら、彼女は集めた貝殻を後ろに投げ続ける。
未来を予知して誰かに伝えると、少しその様子は変わるのか、とセリーヌは呟いた。さっきは一発で見つけられたと言うのに、現実は時間がかかりすぎる。
「…あ」
やっとアリーが手を止めた。そして貝殻の表裏を何度もひっくり返す。上、下、上、下。そうやってひっくり返しても何も変わらないと言うのに。
アリーがセリーヌをじっと見つめた。さっきセリーヌか彼女を見つめたように。心の中を見透かされるようで、彼女は目を逸らす。
「セリーヌ」
アリーが囁く。その声は今にも波間に溶けいってしまいそうな程か細かった。
「…アタシが大切なものを失うって、さっき言ったわね」
「断言はしていない。はっきりとは見えなかった。ただ泣き崩れるお前を見た」
「この貝殻は…アタシが唯一、唯一、この町で愛した男のものなの」
「……」
「どうしてこれが、ここにあるのか。アタシには…アタシにはわからない」
だって彼。そこまで言って彼女は笑った。
「アタシを置いていなくなったのよ」
セリーヌにじりじりと彼女は近づく。その目は深い緑色で、何を考えているのかわからなかった。ただただ悲しみだけが見えるような気がする。その奥に何か眠っている様だけれど。
ここもさっきとは違うな、とセリーヌは思った。もしかしたら伝えたことで未来は変わるかもしれない。そうアリーに伝えたいが余計なことを言えばまた未来は変わってしまう。
「彼が…生きてるのかしら」
アリーは顔をそっと伏せ、それから何か呟いて、天を仰いだ。
「セリーヌ…アタシに協力して」
「今更いいえとは言えまい」
「アナタもよ、トット」
「オレを舐めんな。ついてくんなって言われたってついてくさ」
「見つけなきゃ」
見つけて殺してやる。
そんな風に聞こえた言葉を、セリーヌは波の音だと自分に言い聞かせた。
自分の中で運命は転がっているのだ。これ以上、何かを考えても意味はない。