人生は一番美しい童話である(39)
翌日、セリーヌは朝方のジョギングを再開した。
まだ昇りきっていない太陽が街を真っ赤に染め、それはとても美しい景色だった。そう、この景色を見るのが私の楽しみだ。彼女は誰にともなく呟いて、立ち止まる。前方に彼女をじっと見つめる人影を見つけたからだった。
1つはスラッとした曲線美を描いている。恐らく女だ。もう1人は…子供だろうか?やけに小さい。
セリーヌはゆっくりと2人が立ち塞がる方へと歩いていく。あいにくジョギングには1つしか武器を持ってきていない。太股裏に隠したナイフにそっと手を当てる。
「…貴女が黒蝶?」
女性にしてはハスキーな声が響く。
「そうだ」
初対面でこんな問いを投げ掛けられたのは初めてだ。
セリーヌはナイフを抜き去り、右手で構えた。
「案外遅いね」
右耳に聞こえた声に彼女は驚いてナイフを降り下ろす。確かにそこに誰かいたはずなのに、それは空を切った。
「オレの速さにはついてこれないよ」
同じ声が今度は左耳から入ってくる。彼女はすかさずそちらを向くが誰もいない。
「およしなさい、トット。失礼なことをするんじゃない」
そう言って女が手を振りかざす。どこからともなく先程の子どもが現れ、首根っこを掴まれていた。
「痛いじゃないか!」
「アンタが馬鹿なことするからだろう!」
「だって、あのお姉ちゃんなら遊んでくれるって」
「びっくりさせちゃ、遊んでくれないわよ」
「…嘘つき! このオカマ!」
「五月蝿い! このクソガキ!」
「…あのー」
もう行っても大丈夫ですか、と聞こうとするが彼らは争いをやめない。なんて低俗な争い。頭がいたくなってきそうだ。
「謝りつつ、あんたが言いな!」
「美人なお姉さんの前じゃ緊張して喋れないんだ!」
「あたしだって美人なお姉さんでしょ!」
「オレ嘘はつけない」
「このクソガキが!」
そろそろと後ろに下がってアホなやりとりから逃げ出そうとセリーヌは試みた。散歩ほど下がったとき、二人が一斉にこっちを向く。その勢いに、セリーヌは固まった。
「黒蝶、あんたにお願いがあるのよ」
女はさっきとはうってかわって高い声でセリーヌへと声をかける。
「オレたちを仲間にしてくれ」
瞬きする前まで女の横にいたはずの子どもが、セリーヌの隣で笑っていた。