人生は一番美しい童話である(35)
それから何日もの間、彼女はまた部屋に閉じ籠った。アルバートやルーカスが獲物を見つけてきては彼女を誘ったが、ただ首を横に振るだけ。
ここ数日どうしたのだろう、とアルバートは悩んでいた。私の可愛い可愛い可愛い娘が何やら落ち込んでいるのだ。独りで街へ出掛けた後に。何か嫌なことをされたんじゃないかと思うと、沸々と怒りが込み上げてくる。だけどそう聞いても彼女はまた首を振るだけ。いったい何が彼女をあそこまで悲しませているのか。
彼は他人の瞳を見つめれば、彼らが過ごしてきた時間を読み取ることができた。そしてその行動パターンから先の予測をすることもできた。セリーヌの異能の進化系と言っても過言ではない。
それを彼女に使えば、彼の悩みは終わるのだ。
しかし彼はそれを家族には使いたくなかった。苦い思い出が甦る。セリーヌと同じように首を振って頭を冷やす。私がこんなことではいけないのだ。しっかり彼女たちを守らねば。
クローゼットの中に眠るスーツに目をやる。深紅に彩られたそれは何年も着ていないせいか、なんだか自分と同じくらい年老いたように見えた。
「久しぶりに君を着てみるか」
そう言って彼は優しくそれを取り出す。
遥か昔、愛し合った女性がこれをくれた。彼女は炎の様に赤い髪を揺らしながら、よくこう言ったものだ。
「アルバート、世界で一番美しい色は赤。だってみんなが共通して持っている色なのよ。肌の色、髪の色、目の色。全部違うけど、流れている血の色はみんな同じだもの。
そんな色に囲まれた生活って、とっても素敵なんでしょうね!」
セリーヌによく似た微笑みを浮かべて彼女はそう言っていた。無論、そこに血縁関係はなかったが自分がセリーヌを愛する理由の1つでもあった。
セリーヌは彼女によく似ている。1つ違うところと言えば、セリーヌは娘で、彼女は私の想い人だったという点だけ。
アルバートはジャケットを羽織り、階段をゆっくりと上る。そしてセリーヌの部屋の前まできて声をかけた。
「…おはよう、セリーヌ。今日も外にはいかないのかい?」
本日20回目のおはよう。しかし返事はない。
彼は部屋の前で立ち尽くし、どうしたらいいものかと天を仰いだ。




