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君の夢で僕は旅をする  作者: 染樹茜
人生は一番美しい童話である
34/133

人生は一番美しい童話である(34)

「君が黒蝶でなくてよかった」


 そう言ってトーマスはセリーヌを抱き締めた。息が詰まるほど、強く。強く。このまま絞め殺されてもいいんじゃないかな。そんな風に思う自分自身に、彼女は嘲りの笑みを浮かべる。しかしその顔はトーマスの身体に隠されて、表に出ることはなかった。


「…私が黒蝶だったら、あなたどうしてたの?」


「たぶんこのまま殺してる」


 彼女の言葉に被せるように彼は返した。その返答を聞いて、彼女は押し黙った。


 今まで感謝しかされたことがない。彼女たちが街の犯罪者を殺す度に、街の隅々から感謝の声があがった。それが彼女の当たり前で、その為に色々な事を命を懸けてやり遂げてきた。


 彼女はじっと彼の目を見つめる。


 しかし彼女の脳裏には何も浮かばない。


 おかしかった。彼女がおかしくなったのか、彼がおかしいのか。何もわからなかった。ただただ、彼との未来が見えず彼女はためらった。


「…変な話をしてしまったね、ごめん」


 そう言ってトーマスは彼女の肩を今度は優しく掴む。


「僕、喧嘩とか嫌いなんだ。みんなが仲良くできればそれでいいんだ。悪い奴がいればみんなで団結して対処してきた。だけど彼らが現れてから、街のみんなは彼らに任せっきりだ。

 彼らの()り方に任せっきり。

 そしたら平和にはなったけど、彼らに抗おうと興味本意で犯罪者になって、その命の炎を消す馬鹿野郎も現れた」


 そこまで捲し立てて、彼は一息つく。


「彼らは僕らに一生の安泰を与えた。だけど。

 犯罪者が生まれる街をも、与えたんだ」


 セリーヌは何も言えずじっと黙ったままでいた。今、彼に「そう思うだろう?」と聞かれたら、なんと答えたらいいんだろうか。何が正解なのだろうか。


「こんな話を別れ際にしてしまってごめん」


 とぼとぼと歩き出す彼女を見かねて、トーマスが声をかける。


「いいえ、良いの。そんな考え方もあるんだなって思えたから」


 そう言って彼女は笑った。


「もうあと少しで家だから。

 今日はありがとう、トーマス」


「トミーでいいよ」


「じゃあ、私もサリーでいいわ」


 セリーヌなんて名前、嫌だものね。その一言を飲み込み、彼に手を振る。


「また会ってくれる?」


 その問いかけに微笑みながら彼女は走り出した。


 会いたいならいつでも会える。


 だけど、私達は、水と油だ。


 決して交わることはない。交わることは許されない存在。


「これっきりよ、トミー」


 彼女の呟きは突然降りだした雨と共に流れ落ちていく。やがて、彼女の頬を伝う水を掻き消すように、豪雨へと変わった。

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