人生は一番美しい童話である(31)
トーマスが女の子を連れてきたことが相当嬉しかったらしい。頼んでもいないのに、次から次へと豪華な料理が食卓を彩る。しかも大きなお皿ではなく二人で食べたら少ないくらいの量がくる。そのお陰でテーブルの上は小さな花壇のように様々な色で溢れていた。
「これが俺の一番自慢の品だぜ! まあ、全部うまいから結局のところ、全部自慢だけどな!」
がはははと笑って彼は言った。
「船長のご飯は僕が今まで食べてきた中で本当に一番美味しいんだ」
トーマスもにこにことしながら食べている。ガヤガヤとしているのは苦手なはずなのに、今日はそうでもなかった。セリーヌもフォークを思い切り肉に突き刺す。それはするりと身をかわし、トーマスの額に貼りついた。
「…あ」
二人同時に言って笑う。
「ごめんなさいね、すぐ拭くわ」
笑いを噛み締めながら彼女は手元にあった布巾で彼の顔についた汚れを拭う。
「ありがとう」
そう言いながらトーマスは彼女の手を取った。
「君といると今まで曇っていた夜空に星が輝きだした感覚に陥るよ」
「またクサい台詞を言うのね」
彼女は彼の手に自分の手を重ねる。下からでは感じなかったが、彼の手はほんの少しだけ震えていた。彼女はじっと彼の瞳を見つめる。彼も彼女を見返した。
「…おあついところ、申し訳ないんだがよ」
船長がそそくさと皿を運んできた。
「俺の料理、冷めないうちに食ってくれよな。
まあ、二人の熱が俺の料理にも移れば、あっつあつのまんまだけどな!」
今度はにやにやとしながら彼は言った。その言葉にトーマスもセリーヌも赤面する。そんなんじゃないのよ、そう言い返したくても彼女の口は開かない。
今日あったばかりじゃない。彼女は自分にそう言い聞かせる。しかし、初めてあった日にたくさんの初めてをもらってしまった。
初めて男の人と1日を過ごし、初めて手を繋ぎ、初めて結婚したいなんて言われ、初めて喧騒ですら心地好いものに変わり、初めて誰かといることを楽しいと思わせてくれた。
そんな彼に彼女は初めて、恋をした。
そしてそれを一種の幻覚だと、彼女は自分に催眠をかける。