人生は一番美しい童話である(28)
不意に足を止めて、トーマスが振り返った。まだ手は繋いだまま。セリーヌはこの手を離すか離さないかに集中していて、彼が振り返ったことすら気づかなかった。
「ここ、僕のおすすめなんです」
その言葉にばっと顔をあげた彼女は、彼の顔の近さに思わずまた下を向く。
「…気に入りませんでしたか?」
どう勘違いしたのか、この店が気に入らないと彼は思ったのだろう。うーんと唸って、あーでもないこーでもないと呟いている。
「そうじゃないの」
そう呟いて握る手をぐっと強くする。それに気づいて「失礼!」とトーマスは手を離した。
「こういうお店は初めてだから…私にはよくわからないわ」
「外食、したことないんですか?」
「ないわ…夜は寝てしまうから」
セリーヌは小さな嘘にチクリと痛む心をそっと撫でる。
どうして胸が痛むのかしら?皆についてる嘘なのに。
「ここでいいかな?」
そっと彼女の顔を覗き込みながらトーマスは尋ねる。
「あなたのお薦めなんでしょ?是非ここにしましょう」
そう言って彼女は扉を押す。しかし何度押しても開かない。
「ここは引くだよ」
笑いながら彼女の背後から両腕を伸ばして扉を引く。ぐっと引かれた反動で彼女の体は彼にもたれかかる形になった。
「…ご、ごめんなさい」
そう言って彼女は身を引こうとする。
「…そこは引かなくて良い。"押す"でいいよ」
彼の言葉に思考回路が絡まる。どういうこと、そう聞こうとした瞬間、彼女は彼に抱きすくめられた。
「こうやって、くっつけばいいってことさ」




