人生は一番美しい童話である(23)
「…なぜ私なの」
ルーカスは一呼吸おいて尋ねた。
「君が…君が昔父が持っていた写真の女性に瓜二つなんだ。父が愛した女性にそっくりなんだよ。
できるなら…できるなら父の手で。父の愛した女性の手で殺されたい。だけど。だけどそれは叶わないんだ」
J.J.は足元の綱を足で蹴りながら呟く。
「死ぬなら君がいい」
「…さっきまでの威勢の良さはどこにいったんだ、J.J.」
セリーヌが彼の肩を掴み揺する。その揺れに応じるように、彼の体はゆらゆらと支えなく揺れた。
「もう、疲れたんだ、黒蝶さん。人を殺すことにも、生きることにも」
「ここで生きることを放棄したら、お前が殺してきた人間達に会わせる顔がないだろ。生きて償うのがお前のするべきことだと私は思うよ」
「でも」
「でももだっても、お前に言い訳される義理はないし権利はない。罪をおかした人間を殺すことは正しいが、なにもしていない人間を殺すことは間違いだ」
「なら、僕を殺してくれよ!」
J.J.は叫ぶ。
「罪を罪と理解している人間は私には殺せない」
セリーヌも負けじと叫んだ。
「私にはできるよ、J.J.…と言ったかな? 君の願い、聞き入れてやる」
不意にルーカスが右手の人差し指を彼に向けながら言った。
「…ふざけてるのか」
J.J.は泣きそうな顔でルーカスを睨み付ける。
「ふざけてなどいない。これが私の武器だ」
ばん、と彼女が言うと同時に、彼の鎖骨に穴が開く。血が吹き出し、足元に海ができた。
「…痛いね」
やけに冷静な声でそう言って、J.J.は笑った。そしてゆっくりと立ち上がる。
「でも愛されないことよりは全然痛くないや」
そんな彼を傍目に、銃声を聞き付けアルバートが飛び込んでくる。セリーヌ、と叫んだ彼はJ.J.の姿を見て息をのんだ。
「…君は愛されてるね、セリーヌ」
そういった彼の顔は血の気など無く、何故立っていられるのかすら謎だった。ふらふらとした足取りでセリーヌへと近づく彼に、ルーカスが追い討ちをかけるように撃ち込む。もう、痛みを感じないのだろうか。彼は歩き続ける。
「お嬢、逃げろ」
「君は皆に愛されてるね」
「セリーヌ!彼は正気じゃない」
「僕も愛されたかった」
「お嬢!」
「セリーヌ!」
「君だけは殺したいや」
その言葉にアルバートとルーカスが走り出した。しかし、その足元に素早くJ.J.が綱を放つ。2人は足をとられ、床へと倒れ込む。セリーヌは動くこともできず彼が自分に覆い被さるように倒れるのをただ受け止めた。
あぁ。この瞬間だったのね、見えた未来は。
そんなことを思いながら、セリーヌはのし掛かる彼の体を力一杯押す。それと同時に右腕と左脚に隠したナイフを抜いた。
「ごめん、私はまだ死ねない」
彼女の囁きと共に彼の首から血が噴水のように吹き上がる。雨のようにそれは、ぽつりぽつりと地面を赤く染め、やがて全てが赤く染まった。
「私だって皆に愛されてるわけではない」
セリーヌは倒れている2人を抱き起こす。そして去り際、彼を見て呟いた。
結局、逃げたお前は愛される資格がなかったのさ、と。