人生は一番美しい童話である(19)
セリーヌはじりじりと後ろに下がる。しかしそれがいつまでも続けられないのはわかっていた。あと5歩ほど下がったらドアがある。隙をついて出られるだろうか。否。そんな隙を彼は与えてくれるだろうか。
そんな彼女の考えを見透かす様に彼は回れ右をした。
「あと、3秒あげるよ」
言葉の意図が掴めず、彼女は固まる。その間に与えられた3秒が過ぎようとしていた。
バンと音がしていきなりドアが空いた。J.J.が驚いたようにセリーヌの方へと振り返る。そらから彼女をじっと見つめて、まあ無理だよね逃げるなんて、と呟いた。
「ドアは君が開けたの?それとも他の人?でも誰も来ないね」
「…あなた、狙われてるわよ」
「狙われる?いったい誰に!僕みたいな善良な市民、他にいないよ!」
「その口を閉じなさい、お坊ちゃん。お嬢に指一本でも触れてみなさい。
その時は私の指があなたを貫くわ」
暗闇からルーカスの声が響く。その姿は夜の闇に溶けて見えないが、彼女の視力ならどこからでも狙える。彼女の目は12キロ先まで見通すことができるし、夜でも何不自由なく周りを見ることができる。
それが彼女に備わっている異能。彼女は"狩人瞳"なんて呼んでいた。ちょっとそういうところが嫌、とセリーヌは思った。こんなどうでもいいこと考えたくないけど、ちょっとダサいのよね、とも。
「でもこちらにはこの少女もいるんだ。君がどこから狙っているのかわからないけど、僕だけを撃ち抜くことは不可能じゃないのかな」
「…じゃあ、身をもって知ればいいわ」
パンと乾いた音がして、それに連なるように彼はよろめいた。肩口から血が流れている。そしてその傷は肩の腱を引き裂いていた。握られていた綱が床へと落ちる。
だらりと垂れ下がった左腕をじっと見つめて彼は笑った。
「凄いや。どうやったの?感動する手捌きだ」
それから右の手で綱を掴んだ。
「すごく楽しい夜になるね!」