一灯を下げて暗夜を行く(32)
「君が望むなら、いつでもこの顔を差し出そう。君の顔は美しいからね。女性になるなら君のような顔が良い」
「何を馬鹿なことを」
「自分が今まで歩いてきた人生とは違う未来が見えてくるんだ。
今まで当たり前にしてきたことを、当たり前じゃなく。今までできなかったことを、当たり前のように。幸せだろ?
決して他人が体験できないことを、その身をもって体感できる。
……"夢幻泡影"。これが俺の能力。どんな"個人"も俺の手にかかれば個性なんてもの取っ払って、幻想でできあがった"人"に成り変わる。
みんなが幸せになれる能力だよ」
危うく差し出された彼の手を握り返してしまいそうで、セリーヌは混乱した。
今までの人生を捨てて新しい道を歩むことができたら。それがどんなにいいか、彼女達には充分に理解できた。寧ろ、彼女達が望んでいることなのかもしれない。
しかし。
「それは自分を捨てることができる責任感の無い人間にしかできないことだな」
自分に言い聞かせるように彼女は言った。
「いや、きっかけさえあれば誰でもできるさ」
店主はそう言ってお辞儀する。
「改めまして、ボクの名前はライオネル・グランハルト。
唯一無二の整形外科医、とでも言っておこうかな」