人生は一番美しい童話である(13)
セリーヌは用意してきたワンピースとジャケットを羽織る。膝より少し上の裾から時折黒レザーが見え隠れしている。
「じゃあ、私が入って10分してなにも聞こえなかったら中に入ってきてくれ」
「お嬢、本当に大丈夫?」
「問題ない。少し老人と戯れるだけだ」
アルバートは何も発さず、ただセリーヌを見つめていた。その心の中をそっと覗いた彼女は思わず倒れそうになる。
「…アルバート、私は嫁入りする訳じゃない」
その言葉に彼は慌てふためくように目を逸らした。
「い、いや、だってほら、セリーヌがお嫁にいくときってこんな感じかなって」
「少なくとも老人のところには嫁入りはしないから安心してくれ」
「そうなんだが」
彼の心配はそこなのか、とセリーヌは微笑む。まあ、きっと仕事においては信頼されていると言うことだろう。実際、仕事で失敗したことは片手で数えきれる程しかない。それにその全ては自らの手で後始末をつけている。
不意に街に鐘が鳴り響く。12時の鐘だ。
「じゃあ、行ってくるから」
そう言ってセリーヌは小屋へと足を進める。玄関まで続く階段がその古さを誇張するかのようにギシギシと鳴き喚いた。
扉の前まで来て一息。仕事が始まる。
扉をノックしようと手を伸ばしたところで、内側から声がした。
「…誰だ」
嗄れた声かと思ったが、少し張りがある声だ。欲望の塊はいつになっても若いんだな、と心の中で嘲る。
「あの、道に迷ってしまって。今から家に戻っても怒られるだけだから、一晩泊めてもらうことできないかしら」
いつもよりワントーン高い声でそう告げる。
「…わかった、今開けるから待っていなさい」
向こうでバタバタと音がして暫くすると扉が開いた。グッと伸びてきた手に手首を掴まれ、強引に中へと誘われる。室内の光に目が眩む。
目が馴れてきたところでそっと老人を見る。
「獲物が自分から飛び込んでくるなんて、今日はとってもついているよ」
そう言った彼は確かにあの老人と同じ服を着ているのに、彼女が思っているよりもずっと若い男だった。