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一灯を下げて暗夜を行く(28)
コンコンと乾いた音が扉を鳴らす。
準備中、と書かれた札がゆらゆらと揺れた。
揺れて揺れて、元の位置まで戻り。揺れて揺れて、止まる。
人生も同じだ。
心が。揺れて揺れて、諦めて。それでも、揺れて揺れて、心を決める。
「まだ準備中だよ!」
そんな声が中から聞こえたが、彼女は躊躇うことなく扉を開けた。
暗がりに1つ蝋燭を灯して、彼は背を向けていた。
「おやおや」
そのまま彼は話続ける。
「誰かと思えば。
君の様な有名なお方が来るなんてね」
ガリガリとノコギリで何かを削るような音が暗闇を反響する。
「どこでわかったんだい?」
含み笑いとノコギリの音が不協和音を奏でながらセリーヌを包んだ。その気味悪さに身震いして、彼女はせせら笑った。
「……こんなに血生臭い店、初めてだからな」
その答えに満足そうに彼は頷き、そしてこちらを向いた。
「改めて、ようこそ。
我が最愛のアーリア号へ」