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一灯を下げて暗夜を行く(27)
橙色に染まり始める木々と建物の間を早足に風が通りすぎる。その冷たさにセリーヌは思わず身震いした。まるで私を見る世界の目の温度だな、なんて柄でもないことを考えながら。
あの日から随分と日は流れ、もうすぐ冬になる。目まぐるしく変わる季節の彩りが、彼女の心を虚しく包む。
あれ以来、トーマスを誘うことは無くなった。恥ずかしさといたたまれなさから来る、罪悪感に似た何かは月日の流れに逆らうようにセリーヌの心の奥底へと入り込んでいく。
昔は嫌なことなどすぐに忘れられたのに。
どうにも歳をとるというのは性に合わないらしい。できたことができなくなるのは、辛いというより彼女に虚無感を与える。
彼女は1軒の店の看板をじっと見つめた。かつて船を愛し、その船の名を妻と同じ名前にし、そして今はその名前を持つ店を切り盛りしている。
そんな彼が羨ましかった。殺してしまいたい程。