125/133
一灯を下げて暗夜を行く(26)
無言のまま時間だけが過ぎた。
「そろそろ帰ろうか」
トーマスの言葉にセリーヌは、はっと顔をあげた。沈黙のまま何十分も過ぎていた。トーマスは自分のことが嫌いになっただろうか。いや、そんなことは関係ないのだ。彼が自分を好きか嫌いかなんて、関係ないのだ。
なにを。
何を期待しているんだろう、自分は。
セリーヌは虚しくなって空を仰ぎ、そしてまた下を向いた。
「……サリー?」
トーマスが心配そうに彼女を覗き込む。その瞳に、震える彼女の唇が写った。
何故、震えているのか。何故、そんなに悲しそうな顔をしているのか。
聞きたくても言葉がでない。
「……私は」
セリーヌが沈黙を蹴散らすように思い切り顔をあげた。
「私だって……他人と同じ様に」
うっと嗚咽が漏れる。それと同時に涙が溢れた。それは頬をつたい止めどなく流れ続けて、いつしか机に模様ができる。
それは綺麗に歪み、歪に輝いていた。
「私だって他人と同じことがしたい」
その言葉は彼女が生まれて始めて呟いた、心の悲鳴だった。