一灯を下げて暗夜を行く(23)
「君から誘ってくれるなんて、珍しいね。しかも2人で、なんて。
何の風の吹き回しだい?」
トーマスはにこにこと紅茶を混ぜながら聞く。スプーンが薄黄緑色の液体の中を泳ぐ度に、ミントの香りが鼻をついた。
「……少し気分転換がしたくなっただけ。いいでしょう? 人間働きづめじゃ、死んでしまうもの」
セリーヌが他所行き声と他所行き笑顔で答えた。がやがやと煩いが 周りはこの町でも政権を握るような人々しかいない。ここは町の中でも指折りの高級思考の喫茶店だった。そのわりには紅茶が薄いと店員に文句をたれていたのは、トーマスである。結果、3回目にしてようやくその口を閉じていた。
「君が甘いものが好きだなんて、意外だよ」
丁度ラズベリーを口に運ぼうとしたセリーヌにトーマスが言う。口に含むのをためらい、少し笑ってから彼女はそれを口に含んだ。プチプチとした食感が口の中で弾ける。赤い果汁が溢れる。彼女がラズベリーが好きな理由はただひとつ。
それが人間の筋に似ているからだ。
プチプチと音をたてて崩れ行く果肉に思いを馳せる。それから、変な女だな、と自己嫌悪した。こんなこと誰にも言えない。たとえ、トーマスが相手だとしても。
「ケーキが好きなのは女の子の共通事項でしょ」
フォークをタルトに突き刺す。少し抵抗するように押し返してから、諦めたように崩れ落ちる生地。これは例えるなら、セリーヌが今まで手にかけてきた人間達に似ていた。