人生は一番美しい童話である(12)
切っ先から血が滲み出たのではなく、自らの指が切れていることに気づいたのはそれから20秒ほどあとのことだった。ルーカスが部屋に入って来なければ、彼女はそのまま何時間も見惚れていたかもしれない。
「お嬢!その指」
「大丈夫だ、ルーカス。なんともない」
ふっと微笑んで彼女は指先を舐めた。ほんの少しだけ鉄が香るこの味がなんともたまらなく彼女を高揚させる。私はなかなかの物好きなのかもしれないな、とセリーヌはまた微笑んだ。
「ルーカス!セリーヌ!もう良い時間だぞ!」
アルバートが下の階から叫ぶ。いつまでもこうしていたら朝の二の舞になることは間違いない。セリーヌは短剣を右腕と左太股のホルダーにしまい、部屋を飛び出した。
「今日の獲物はしわくちゃの老人だよ、アルバート」
「しわくちゃは美味しくないから嫌よ」
「美味しい美味しくないの問題じゃないぞ、ルーカス」
そんな他愛もない話をしながら、街へと足を進める。きっと彼は朝みた場所の近くの空き家にいる。そう断言できるのは、セリーヌの異能のおかげだった。
彼女が垣間見た老人の未来が正しければ、彼のアジトは海岸線にぽつりと建つ廃れた一軒家。そんなもの2、3軒しか思い当たらない。その中でも窓に覆いがされたものを見つければ、それが8割方その場所と言って間違いないだろう。
そして彼らの思惑通り、その家は海岸線の少し外れに位置していた。