一灯を下げて暗夜を行く(13)
去り際、トーマスはセリーヌに「気をつけて」と言った。
歩きながら考える。いったい何に気を付ければ良いのだろう? 私は泣く子も黙る『黒蝶セリーヌ』なのだ。誰がが自分を襲ったとしても泣きながら家に帰るのは向こうである。
セリーヌはぎゅっとネックレスを握りしめた。石を囲むように作られた金色の檻が指に食い込む。その冷たさと少しの痛みが、考えることを止めようとしている。
この石は私に似ているとトーマスは言ったな、とセリーヌは呟いた。
まさにその通りである。
籠の中に捕らわれ世界を見ることも自由に飛び回ることもできない黒い蝶。物珍しげに世間に囃し立てられても、その世間をよくは知らない蝶にとっては何でもないことなのだ。檻の中を通り抜けられるのは、ネックレスのチェーンだけ。それが石にとって。蝶にとって、全てなのだ。
今までのチェーンは私に人の殺し方を。これからのチェーンは人の愛し方を。
どちらが正しい"あいしかた"なのか、セリーヌは知らない。しかし、1つわかっていることがあった。
アルバートは愛することが苦手で、トーマスは殺することが嫌いなのだということだけは。そして、セリーヌはどちらも好きでも嫌いでもない。どちらに対しても若干の嫌悪感はあるのだが。
いつもこうして狭間でしかいられない。
それがセリーヌに染み付いてしまった生き方だった。