人生は一番美しい童話である(11)
ほんの少し意識を飛ばしている間に夜の帳は降りていた。彼女の1日は毎日こんな風にあっけなく始まる。
読みかけの本に栞を挟み、パタンと閉じた。ひとつ深呼吸をして彼女は立ち上がる。
仕事の時間だ。
「お嬢、そろそろです」
こちらの行動を監視していたかのように、扉の外でルーカスがタイミングよく声をかける。
「今着替えるところだ」
そう言って、彼女はクローゼットを開いた。中にはところ狭しと同じ服が並んでいる。部屋の明かりが暗いのか、服の色でそう見えるのか。まるで街を多い始めた夜空のように、クローゼットの中には漆黒が広がっていた。それに抗うかのように彼女は白い腕を闇の中へと伸ばす。そしてその中の1つを手に取り、羽織った。
身体のラインにぴったりとまとわりつく様な黒いレザー。肩から先と膝下の白さがやけに映える。その姿は色気を醸し出すと言うよりは、一種の芸術のようだった。
肩まで伸びる黒髪をかきあげ、鏡の前に座る。おもむろにアイライナーを取りだし、彼女は頬に芸術を産み出す。幾重にも連なる黒い線はやがて、彼女の目から頬にかけて、今にも飛び立ちそうな揚羽蝶に変わった。
「後戻りなど、できる筈が無いじゃない」
誰に言うでもなくそう呟いて、彼女は化粧台の引き出しを開けた。真っ白な陶器の箱を引っ張りだし、蓋を開ける。
禍々しいほど美しくそして血生臭い短剣が姿を現した。クロスに収納されたそれは、彼女の人生にバツ印をつけるかのように、ただただ眠っている。
「…今日もよろしくね」
そう言ってそっと撫でた剣先にうっすらと血が滲むのを彼女は見た気がした。