一灯を下げて暗夜を行く(10)
「すまなかった、セリーヌ。この店が僕の中で1番だったんだ。
だけど、今、この瞬間から変わったよ。
君、腕を離してくれないか。折角の時間が台無しだし、僕の面子も丸潰れだ。こんなこと初めてだよ」
右腕を振り払い、カウンターの上の荷物を持つ。
唖然とする店員を前にセリーヌは言った。
「…でも、このペンダント素敵だわ」
それは黒々とした石なのに美しい輝きを放っている。『黒曜石』と書かれた札の下には丸が数多く並んでいた。
「君が気に入ったなら買おう。それが僕のこの店での最後の買い物だしね」
「ちょ…ちょっとお待ちください、トーマス様」
「でもいいのかい? こんな店のものでは嬉しくはないだろう」
「いいえ」
そう呟いてトーマスへと満面の笑みを浮かべながら続けて言った。
「貴方が私の為だけにくれるものだもの。嬉しくないはずがないでしょう? きっと皆が羨むわ。貴方が私の恋人で、こんな風な素敵な贈り物をしてくれること」
呆気にとられる店員を横目に、彼女はそっとトーマスの頬にキスをした。驚いた顔でセリーヌを見つめる彼に、彼女はいたずらっ子の様な笑みを見せる。
トーマスもにこりとしてから頷いた。
「君、さっき僕のためになら、何でもすると言ったよね」
「…ええ。言いましたとも。勿論。何でもしますわ。ええ、ええ。そちらのお連れ様にも何なりと」
「じゃあ」
トーマスがセリーヌの手にしたネックレスを指差して、冷ややかに笑いながら言った。
「これ、貰っていくね」