107/133
一灯を下げて暗夜を行く(8)
"ルシーダ・シレバノ"と刻まれた看板の前でトーマスは立ち止まった。ぐっと左手に力がこもる。セリーヌは彼を見上げ声をかけた。
「どうした」
その言葉に手の力を緩め、トーマスが笑顔でセリーヌを見つめる。
「いや。たいしたことじゃないんだ。今まで3人で行動してきただろ。だけど今、自分は好きな人と2人きりだ。相手からの返答はまだないけど、僕の気持ちはいつも伝えてる。だから」
顔をしかめつつ照れ笑いをして、トーマスはセリーヌから顔を隠した。
「だから、僕は少し今。緊張してしまっているんだ」
その言葉に彼女はじっと彼の顔を見つめた。顔は背けられている為よく見えない。ほんのりと赤く染まった耳だけが髪の隙間から顔を覗かせている。無性に3つ並んだ黒子を触りたくなり、セリーヌは手にぐっと力を入れた。
「…君も緊張する?」
トーマスが笑って、そんなことないかなと言った。
「私は」
少し考えてからセリーヌが笑った。
「ほんの少しだけ楽しみなだけだ」
その言葉にトーマスが安心したように頷いた。