北方
四作目になります。性懲りもなく、また始めました。三作目ほど長くなりませんが、完結するかは未定です。
気長にお付き合い頂ければ幸いです。
ミュケナイ帝国、銀狼公国領内。
吹き荒れる北風に雪が混ざり、五メートル先も見渡す事さえ出来ない。ここは領内の北方が永久凍土に覆われた、正に雪に閉ざされた公国である。但し、この永久凍土からは国内に流通しているオベリスクストーンの約三分の一が産出され、他にこれと言った収入のない国庫の唯一と言って良い財源となっていた。
この地方を統括する貴族ハミルトン家の長女である二十三歳のスカディは、当主である父の代理としてオベリスクストーン鉱山の視察に向かっていた。スカディは色白の端正な顔立ちで長い銀髪が印象的な美人だが、その顔はどこか沈んだ美しさを湛えている。空位となっていた新領主の座を射止め地方貴族の仲間入りをしたが、厳しい気候により父が床に伏してから数週間が経つ。
華やかな貴族の世界を想像していたスカディを待ち受けていたのは北方の自然の厳しさであり、雪に覆われた痩せた領地であり、鉱山の視察が唯一の仕事とも思われる退屈な日常であった。このまま父が亡くなり家督を継ぐとしても、今以上の成り上がりは期待できそうにない。そう思うとスカディの表情は自然と暗くなっていった。
「魔物の待ち伏せだ。冒険者は迎撃に当たれ。お嬢様をお守りしろ」
鬱積した思いに沈んでいたスカディの耳朶を剣戟の響きが強か打つ。人が住めない永久凍土には魔物の棲息地域も存在し小競り合いは日常茶飯事である。冒険者ではないスカディ自身も魔物の襲撃を受けたことは一度ならず経験している。護衛に付けている冒険者は二十人余り。まず敗れる事は無いと安心していたが、いつもは数分と掛からない戦闘がこの時は倍以上の時間が経っても終わることがなかった。
「馬鹿な。リビングアーマーの中に稀少種のデュラハンがいるぞ」
「こんな化物に勝てる訳が無い。逃げろ」
「馬車を守れ。お嬢様をお守りせよ」
「御者がやられた。誰か手綱を持て」
剣を打ち交わす乾いた音と怒号が飛び交う中、自分が乗る馬車が激しい揺れに襲われた。スカディが覗き窓から外を見ると二メートルを超える首から上が無い鎧の魔物が大剣を振りかざして向かってくる。鼓動が早鐘を打ち鳴らし危険を知らせるが、戦闘経験がない自分には逃げ出すことも出来ない。殺気を振りまいて走り寄って来る鎧の魔物の足音が近づき己の最期を覚悟してスカディは肌を粟立たせた。「こんな所で死にたくは無い」そう心の底から思ったが自分の力で現状を打破できないのは解っていた。死の恐怖に支配されスカディは固く眼を瞑る。
その、刹那。
鈍い金属音が鳴り響くと、魔物の足音が止まった。スカディが恐る恐る瞼を開けると、覗き窓から馬車と鎧の魔物の間に一人の冒険者が立っているのが見える。一目見て自分が屋敷で雇っている冒険者ではないと判別できた。銀色の輝きを放つ全身甲冑だけでも珍しい出で立ちだが、左手には身の丈ほどもある大きな盾を構えている。右手に持つ武器はロッドと呼ばれる術士が持つより短い杖だ。特徴的なのは大きな盾の中央に大剣の柄のような部位が見える事だった。スカディはこんな武器を持つ冒険者を見たことが無かった。
デュラハンは大きく踏み込むと対峙する冒険者に向けて大剣を振り下ろす。死の旋風となって迫るデュラハンの刃に臆することなく、甲冑の冒険者は詠唱も印も無しにロッドの魔力を解放し防護膜を造り攻撃を跳ね返す。冒険者がもう一度ロッドを振ると盾に炎の属性が付与され、巨大な盾が紅い揺らめきを発する。
「エンチャンターか。しかし……」
スカディの身の安全を確認しに来た護衛隊長が呟く。
エンチャンターとは武具に属性魔法を付与する術士の総称であり、普通は後衛に陣取り軽装な装備をしている。一般的に、著しい精神集中を必要とする魔法を遣いながら動き回る事が困難であるためだ。全身甲冑を着込んで前線に立ち、稀少種の攻撃を盾で受け止める事が出来るエンチャンターなど護衛隊長は見た事がなかった。
第二撃を打ち込んできたデュラハンの剣を冒険者は盾を翳して受け止めた。防護膜が吹き飛び二人の足元の雪が衝撃で舞い上がり盾に付与された炎の熱により蒸発する。渾身の力を込めた攻撃を弾かれたデュラハンは体勢を崩し後方へよろめいた。そこへ冒険者が大きな盾を全体重を掛けて力一杯突き出す。受身を取れなかったデュラハンはその攻撃を正面から喰らうことになった。
馬車に乗っているスカディが衝撃を感じるほどの冒険者の盾での一撃は、デュラハンの鎧を火で炙られた飴細工のように奇怪に変形させた。冒険者の攻撃の直撃を受けた鎧から焦げ臭い煙を立ち込めさせて、デュラハンが仰向けに倒れこむ。
冒険者はロッドを腰に挿し盾に付いている柄の様な部位に右手を掛けると、引き抜き飛び上がった。その右手には紅い刀身の剣が握られている。長大な盾は防具として機能すると同時に、大剣の鞘としての役割も果たしていたのだ。普通なら両手持ちの大剣を右手一本で易々と振りかざし、冒険者は起き上がろうとするデュラハンに突き立てた。肉体の無い鎧の間から黒い霊気を漏れ出させながら、二、三度痙攣を起こすとデュラハンは動かなくなった。
「盾役として機能するエンチャント能力のある大剣遣いだと。そんな事が物理的に可能なのか……」
当主の娘を逃がすという役割も忘れ戦闘に見入ってしまっていた護衛隊長は、自分が眼にしている冒険者の能力を信じることができなかった。とても人間の冒険者が出来る芸当とは思えず、仮に存在するとしても、そのような冒険者が弱兵揃いの公国内にいると言う情報は知らされていなかった。加えて言うなら、護衛隊長は甲冑の冒険者が持っている紅い大剣が「カラドボルグ」と言う名である事さえ知らなかった。
恐るべき稀少種の魔物をたった二撃で倒した冒険者は一つ息を吐くと頭部をすっぽりと覆っていた兜を脱いだ。その姿を見た護衛隊長は次の言葉を発する事が出来なくなった。絶句する護衛隊長の視線の先には肩まで伸びる艶のある亜麻色の髪をした若く美しい女性の顔があった。
「女性の冒険者……」
スカディは唾を飲み下し、風雪に晒される自分と同じ年頃の冒険者の横顔を馬車の中から呆然と眺め呟いた。その空の色をした瞳に野心の炎が灯るまで数秒の時間しか掛からなかった。
雪混じりの北風は止まず、大陸北方のミュケナイ帝国は更に暗い冬の季節を迎えようとしていた。
先月完結した話の後日談をメインに進めて行きます。
外伝として前作に付け加えるか、新規で始めるか迷った挙げ句、苦悩が多い連載物にしてみました。
また月一回くらいの更新となりますが、宜しくお願いします。