66
「ギンレンゲ八位」
曲がり角から現れた色白の女が俺を見た。
背はそれなりに高く、年の頃は二十の半ば。
白い波濤を描いた黒振袖は左半分しか布がない。
引き締まった右半身は漁網を思わせる網目状の肌着姿で、肩からは紐で結ばれた無数の貝が珠暖簾よろしく垂れている。
ほぼ半裸だが、紅色で丸みのある貝がかろうじて乳房を隠している。
片側で結んだ髪は明るい茶色で、ぱっちりと開いた目の色は青。
俺を見た彼女はまろやかな笑みを浮かべ、頭を下げる。
「九位様。お久しぶりでございます」
「ああ。久しぶり」
八位は一対の弓を蝶の羽のごとく背負っており、白い狩衣が湯気のごとく彼女に従う。
じゃらじゃらと貝殻を鳴らしながら近づいたギンレンゲ八位は、すっと再び目を伏せた。
「冒涜大陸のお話、大変参考になりました」
「役に立ちそうか?」
「はい。お嬢様もお喜びでございました」
質問と答えが噛み合っていない。
だがこれは今に始まったことでもない。
「……。漏らしたのか」
「? ええ。もちろんでございます」
(何がもちろんなんだ……)
俺が彼女達にもたらしたのは、サギの裏付けを取る以前の情報だ。
確かに広く国中に知らしめるべき内容ではあったが、それは最低限の吟味と検証を経てから、と考えるのが普通だろう。
下手に恐竜や恐竜人類のことを触れ回ってもいたずらに民を怯えさせるだけだ。
討議や検証のために事の次第を話すとしても、相手は慎重に選ばなければならない。
俺たちは十弓なのだから、肉親だろうと恋人だろうと、明かすべからざる話は明かしてはならない。
そうした機微を察する感覚が、この女には無い。
なぜなら――
「ギンレンゲ八位。こんにちは!」
「十位様。ご機嫌麗しゅう」
「『様』はいいですよぉ。つけちゃダメって最初に教わるじゃないですか」
「そうは参りません。アマイモ十位様」
ギンレンゲ八位は元大貫衆だ。
今でこそ温和な人物だが、かつては討ち取った海賊の首を船べりに並べ、生き残った敵に「小便で海に落とせ」と命じるほどの烈女だったと聞いている。
ところが紆余曲折を経て、さる富豪の女中となった。
更に紆余曲折あって、この通り柔和な人物に生まれ変わった。
その富豪が「十弓に入れ」と命じたため、ギンレンゲ八位は猛烈な研鑽を重ね、今の地位を手にした。
平たく言えば、『元大貫衆の女中である十弓』ということになる。
何も平たくなっていないが、そうとしか言いようがない。
「お嬢様はお元気ですか?」
十位は無邪気に問うた。
『お嬢様』というのは八位の雇い主だ。確か十歳かそこらの子どもだと聞いている。
それが富豪本人なのか、富豪の娘なのかは俺にも分からない。
「ええ。それはもう――」
『お嬢様』の話をされるとギンレンゲ八位は喜ぶ。
そのまま彼女はぺらぺらと『お嬢様』の近況や美点について言葉を連ねた。
立ち話をしても仕方ないため三人並び、議事堂へ向かって歩き出す。
かしゃかしゃと三人分の矢が筒の中で踊り、貝殻がじゃらじゃらと場を囃した。
「――話を戻しますが、ワカツ九位様」
「ああ」
「あなた様の持ち帰った情報は貴重なものばかりでした」
「それは良かった。……恐竜には出くわしたか?」
「いえ、まだです。私は内地寄りの守護を仰せつかっておりますので」
「そうだったな」
「……恐竜との戦い、鯨との経験が生かせそうですね」
「そうか。八位は大貫衆だったな」
「はい。それが何か……?」
「実は――」
俺はウズサダ達の戦いぶりを話した。
八位の目にほんの少しだけ、大海を暴れ回っていた時の熱が戻る。
「ウズサダ船団長ですか。彼は今、六傑なのですね」
「知らなかったのか?」
「ええ。昔のことを思い出しますので、大貫衆絡みのあれそれは極力耳を塞いでおります」
ところで、と八位が続ける。
「九位様からの報告には無かったと思いますが、その『首長竜との戦い』はいつの話でしょうか?」
「二、三日前だ」
にゅっと十位が顔を出す。
そんなことをしなくとも、彼女の顔は常に俺たちの頭上に出ている。
「二、三日前って……九位、二、三日前に戻って来たばかりじゃないですか」
「その後だ」
「忙しないことですね」
「あんたには負けるよ、八位」
彼女は十弓として働く傍ら、主の元へも定期的に通っている。
それでいて、どちらかをおろそかにすることもない。
休む暇などないはずだ。
「お嬢様のために働くことこそが私の生きがいですから」
「……」
「どうされました?」
「いや。生き方は色々だな」
以前は彼女の言動が気に入らなかった。
主の命令でここにいる、という発言を繰り返す彼女に十弓としての矜持をまるで見いだせなかったからだ。
それに片手間で今の地位まで上り詰めたようで、腹立たしかった。
だが今は、そうでもない。
言動こそ少々奇抜だが、かつて船団を率いていた彼女は懐が深く、先見の明もある。
俺は何度かその才知に触れる機会があったにも関わらず、彼女を『十弓を舐めている女中』だと考えていた。
弓の腕に限って言えば決して俺より強くない彼女がなぜ八位の座に就いているのか、真剣に考え抜いたことはなかった。
「八位」
「はい」
「お嬢様があんたに死ねって言ったら、どうする?」
「死にます」
「そうか。……一位が言ったら?」
「死にません」
軽侮の情は湧いて来なかった。
むしろ、彼女がどんな心持ちで生きているのかを知りたかった。
その話をすると、ギンレンゲ八位は目を丸くした。
「九位様。お熱でもおありなのですか?」
「いや、そういうわけじゃない。……」
「九位はちょっと大きくなって帰って来たんですよ!」
「十位は黙ってろ」
俺はアマイモ十位のふくらはぎを蹴り、体勢を崩して転びかけた。
七位と六位の言い争う声が聞こえて来たのは、八位と合流してしばらく経ってのことだった。
二人は互いの顔を見ず、真っ直ぐ歩きながら言い争いをしているようだった。
片方は背が高く、片方は背が低い。
背の高い方は男で、背の低い方は女。
背の高い方は太刀を佩いた細身で、背の低い方は背中に巨大な水車らしき物体を背負っている。
片方の狩衣は黄色、片方の狩衣は橙。
「西瓜だね。当然、西瓜だ」
「梨でしょう。梨以外考えられません」
ねっとりとした若い男の声と、いたいけさを残した少女の声。
「全く違うね。梨なんて水っぽいだけでちっとも甘くない」
「見当違いね。西瓜の甘さなんて下品なだけでしょう」
二人は足を止めなかったが、話も止めなかった。
「下品? 結構だ。美味しさとは庶民性を備えて初めて意味がある。逆に聞きたいんだけど、上品な食べ物が世に美味と認められた例は無いだろう?」
「数が質を支えるわけではないでしょう? 貧乏人に支えられる美味なんて、何の価値もありません」
煽るような口調と、せせら笑う口調。
嫌味が物理的な霧となり、二人の周囲に立ち込めるようだった。
「何の話だ、あれ」
「西瓜と梨、どちらが美味であるか、というお話ではないかと」
「私はリンゴが好きです!」
「お嬢様は野苺です」
十位の声で、二人がほぼ同時に振り向く。
「おや。珍しい顔がいるね」
「あら本当」
二人の目は珍しい顔、つまり俺に向けられていた。
久しぶりの対面だったが、喜ばしい感情は一切湧き上がらない。
俺は害虫の名を呼ぶ気分で、二人の名を口ずさむ。
「ネコジャラシ七位。ツボミモモ六位」
男の方が美麗な顔を怒りに歪めた。
「エノコロだ。エノコロ七位と呼べ、蛇飼い……!」
ネコジャラシ七位――ではなく、『エノコロ七位』は全身に革帯を巻いている。
幾つかは交差し、幾つかはその上を更に交差する。
刀剣の鞘を思わせる平たい革筒が帯の各所に設けられており、銀色の薄刃が覗いていた。
左右の腰にもそれぞれ一振りの太刀。
一見すると剣士のようだが、れっきとした『弓兵』だ。
彼の特異さは武器だけに留まらない。
美麗な顔は白い化粧で彩られ、唇には紅を引いている。
頭部には紅玉を連ねた金輪が嵌められており、しばしば貴人が纏う薄布、『被衣』が踵にまで垂れている。
頬まで伸びた髪は焦げ茶色で、狩衣は黄色。
遠目には女にしか見えない。
「悪かったな、イヌッコロ七位」
「……復帰して早々どういう了見だ? ボクに射殺されたいのか?」
声はひどくねっとりしているが、少し高いだけで完全に男のそれだ。
喉の膨らみも隠してはいない。
「ああ。まだ少し錯乱しているのかな? 九位は所詮、九位だからねぇ」
七位は残酷さの滲む笑みを浮かべた。
「話は聞いたよ。大冒険だったそうだね?」
「ああ。酷い目に遭った」
「そうかい! 酷い目!」
ネコジャラシ七位の顔が喜色に染まる。
俺の不幸がよほど嬉しいのだろう。
「その場に立ち会えなかったのは残念だ」
「同感だ」
目を細める。
「その場に立ち会っていたら、お前は死んでただろうからな」
「っ」
「残念だよ、ネコジャラシ七位」
七位は決して弱くない。
彼は元々『獣面』候補の凄腕忍者で、身のこなしは誰よりも軽快だ。
なので、彼があっという間に十数歩の距離を詰め、俺の喉に小刀を突きつけたことも驚くに値しない。
冷たい刃には俺の顔が映っていた。
おそらく反対側には七位の怒りの表情が映っているのだろう。
「図に乗るなよ、蛇飼い……!」
俺は一度目を閉じ、それから開いた。
「俺が助かったのは偶然だ。賽の目が十度続けて『一』を出すような偶然に助けられて、今ここにこうして立ってる」
「……」
「恐竜が相手ならお前は俺より不利だ。一緒にいたらお前は死んでいた。それは事実だ。……もし俺が今後醜態をさらすことになったとしても、わざわざ見物になんか来るな」
「……」
「自分の腕を過信するな。死ぬぞ、七位」
七位は俺を軽く突き飛ばし、ゆらりと数歩退く。
その鼻筋と眉間には怒りの皴が寄っていた。
「『自分の腕を過信するな』? 何様だ、蛇飼い」
「……」
「お前がボクより強いと言われてるのは、大好きな『毒』のお陰だろう……!」
厳密には、違う。
俺の毒が誰かに評価されたことはない。
「毒がそんなに嫌いか、七位」
「好きなのはお前だけだ、蛇飼い」
「毒矢は強い。使えば誰でも強くなれる」
「その強さは間違っている……!!」
叩き付けるような七位の声。
再び距離を詰めたネコジャラシ七位は俺の胸倉を掴まんばかりに猛った。
「葦原のすべては『道』だ。太刀も、忍も、射も、茶も、華も、書も、舞も! 結果ではなく、過程にこそ意味がある。強くなるための弓じゃない。敵を殺すための刀じゃない。己の生きざまを見出し、そこに描き出すのが葦原の『武』だ」
だが、と七位は俺を睨みつけた。
「それをまるで理解していない奴がいる」
「……」
「毒を買っただけの雑兵が、道を究めた弓兵と並び立つ。これほどおかしな話は無い」
七位の視線が八位と十位に滑り、再び俺に向けられる。
「武器に毒を塗布する行為は禁じるべきだ。安易な殺傷至上主義が、葦原の武を貶めている……!」
「だが事実だ」
「何だと?!」
「達人を十人並べるのも、毒矢を持った貧乏人を十人並べるのも、結果だけ見れば同じだ」
「……!」
「技は人には伝わらない。だが毒なら、安く簡単に共有できる」
「――っだから結果は問題じゃないと言っているだろう!」
「いいや、結果が問題だ。相手が地を埋め尽くす唐軍だったらどうする? 卑怯卑劣なザムジャハル軍なら? あるいは――――恐竜と、恐竜人類なら?」
今度は七位が口を噤む。
口を噤んだだけで、その考えが変わったわけではない。
「勝つのは道を究めた奴じゃない。より強い奴だ」
「毒は強さじゃない」
「強さだ」
若くして『獣面』候補に抜擢されたこともあるこの男は、ある時ふらりと『十弓』になることを志願した。
彼が扱うのは取り回しの悪い長弓ではなく、己の距離、己の間合い、己の呼吸に合わせた『剣弓』。
不便さは拭えない。
だがそこにあるのは忍者の『動』と射手の『静』を交わらせ、昇華させようとする強い意思だと舞狐が話していた。
七位は忍者の『道』に己の辿り着くべき『何か』を見いだせなかったのだ、とも。
強くなるために忍者の道を捨てたわけではない。
偉くなるために弓兵の道を志したわけでもない。
七位は俺には測り知れない『道』のために弓を握る。
俺とは、根本的に相容れない。
以前はよく殺し合い寸前の喧嘩をしていた。
護衛の忍者たちが割り込まなければ、お互い優に十数回は死んでいるだろう。
「殺すための武器で、殺すための技だ」
「違う」
「違わない。……いや、違わないこともないのかも知れない」
「何?」
がくんと拍子抜けたように七位が顔を歪めた。
以前はこの流れで罵倒合戦や殴り合いに発展するのが常だったからだ。
俺は唐での戦いを思い出していた。
最強と呼ばれ、国のみならず歴史を背負って戦った剣士のことを。
彼は強い。
だが、『強い』だけだった。
彼の『強さ』には、何か決定的なものが欠けていた。
誰よりも強さを追い求め続けたはずの彼が、強さに必要な何かを欠いていた。
その正体を、彼は自分より弱い剣士――葦原の『七太刀』に求めた。
ランゼツ三位とて、俺の基準ではとてつもなく『強い』。
強いが、それだけだ。
七位が追い求めているのは、俺には言語化できない『何か』なのではないか。
俺がここしばらくの騒動を通して感じたことを、彼はとっくの昔に知り、考え抜いていたのではないだろうか。
(……)
「何を黙りこくってる」
「ネコジャラシ七位」
「エノコロ七位だと言ってるだろう、蛇飼い」
「今度ゆっくり話をしよう」
「は?!」
俺は唖然とする七位を見据える。
外見と言い仕草と言い、気持ち悪い男だ。
だが彼は部下に慕われている。
俺と違い、周囲からの評価も高い。
そこにはやはり、決して侮ることのできない『何か』があるのだ。
俺がこれまで見ようともせず、見ても見ぬふりをしていた『何か』が。
「食えないものはあるか? 茶請けは西瓜の漬物あたりか?」
「……は……?」
青ざめた七位はよろよろと後ろに下がり、こつんと少女にぶつかった。
少女は不快感を滲ませた目で七位を見上げる。
「ちょっと。ぶつかりましたよ。謝罪は?」
「ろ、六位。九位が……い、何か、変だぞ……?」
「落ち着きなさいな。たぶん――」
六位は俺を上から下まで見つめ、可憐な声で告げる。
「偽物なのではなくて? ……誰か。九位の偽物です。殺しなさい」
「違う」
こいつらは俺を狂犬だとでも思っているのだろうか。
――思っていたのだろう。
そして実際にそうだった気がする。
七位はよろめき、柱に寄りかかった。
そのすぐ傍で、ちゃぽんと亀が池に落ちる。
「き、気分が悪い。どうしよう。全身に黴が生えるようだ」
「……。俺が友好的に接したら全身に黴が生えるのか、お前は」
「七位様。肩を」
「わ、私もお貸しします」
ギンレンゲ八位とアマイモ十位に支えられながら議事堂へ向かう七位を見送る。
俺の傍では、頭二つほど小さい少女がネコジャラシ七位の背を見つめている。
「……あれって新手の嫌がらせかしら、ワカツ九位?」
「違う」
「だったらずいぶん丸くなったものね」
「そう思うか、ツボミモモ六位」
残されたのは俺と少女だった。
――『少女』。
そう喩えて差し支えないほど小柄で、華奢で、いたいけな顔と声を持つ人物。
だが彼女には十五になる娘がいると聞いている。
つまり少なくとも三じゅ――――
「私の顔に何かご用?」
見れば六位が鋭い目を向けていた。
俺の心胆が震え、尻の穴がきゅっと締まる。
外見こそ子供のようだが、十弓の中でもかなりの鉄火場をくぐってきた人物だ。
凄まれた際に感じるのは、熟練の武者さながらの強大な覇気だ。
「……久しぶりだったからつい見惚れただけだ」
「あら。蛇も色気づくのね」
「……」
「ごめん遊ばせ。私、人妻なの」
ツボミモモ六位は背中に太陽あるいは水車に似た物体を背負っている。
奇怪な形状だが、これは彼女の矢筒だ。『天輪』と呼ばれている。
六位の手で自在に回転する天輪からは様々な形状・素材の矢羽が突き出しており、これを状況に応じて使い分けるのが彼女の戦法だ。
『十弓』最多の矢を操る彼女の対応力は三位すら凌ぐと言われている。
また、見た目に反してかなりの体力を誇る。
艶のある黒髪は首元で切り揃えられており、纏う狩衣は橙色。
いたいけな声音は風鈴のように涼やかだが、その笑みは常に皮肉気だ。
他の十弓に比べると袖がやや長く、膝の辺りにまで届いている。
時折この袖で口元を隠して笑うのだが、目には必ず嘲りの情が浮かぶ。
面と向かって喧嘩をしたことはないが、はっきり言って嫌いな女だ。
向こうもおそらく同じだろう。
「新しい毒を使ったそうね」
「……」
俺が歩き出すと、彼女もそれに従った。
並ぶとかなりの体格差があるのだが、圧し潰されるような気分を味わっているのは俺の方だ。
「恐竜を即死あるいはそれに近い速度で殺せる毒なんですって?」
「身に覚えがない」
獺祭のことだろう。
一体どこから漏れたのだろうか。
「少し分けてくださる? 私の『作品』に加えたいの」
六位は指先で天輪を叩いた。
「恐竜を殺すほどの毒……切り札にちょうど良いから」
「知らんと言ってる」
「あら。『毒は皆に分け与えることができる。だから強い』って、さっきあなた自身が話していたでしょう?」
「……」
その通りだ。
だが『獺祭』は違う。
あれは人の手に余る毒だ。
何せ鏃の向きを変えるだけで、味方を全滅させることもできる。
それどころか傷口にひと塗りするだけで相手を殺せてしまう。
「毒は必要な時に必要な分だけあればいい」
俺は彼女と並び歩きながら、議事堂に入る七位たちの背を見ていた。
大勢の忍者たちが周囲を警戒している。
「薬師としての矜持かしら?」
「俺は薬師じゃない」
「でも才能はあるでしょう? あなた、そっち方面の才能は間違いなく一流よ?」
「そんな才能はいらん」
「でも、ある。ある以上、才能は役目を果たさずにはいられない」
「何が言いたいんだ、六位」
「あなたの知恵と技術と才覚を駆使して作った最高の毒薬があるはずよねって話」
「……」
「造らずにはいられないでしょう? そういうものよ、才能って。その存在と使い方を知ってしまった以上、狭い血肉に閉じ込めてはおけないの」
議事堂に到着する。
忍者たちに囲まれ、目礼を受ける。
「九位。そのお荷物は?」
忍者の一人が俺の腰袋を認めた。
俺は巻物を一本取り出す。
「中は見せられないが、検めるか?」
「では失礼して」
忍者は中を見ないよう注意しながら、巻物を検めた。
何の細工もないことを確認し、再び俺に手渡す。
「結構です」
で、と六位が話を戻す。
「その毒、くださる?」
「知らないものはやれない」
扉が開く。
六位の目が俺を蔑む。
「甲斐性のない男ね」
「未婚だからな」
同時に、議事堂へ入る。
既に俺たち以外の十弓が勢揃いしている。




