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万竜嵐  作者: icecrepe
【恐竜人類と傘門十弓】
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57

 

 朝の光が障子を白く染めていた。


 今はまだ畳の香りも柔らかい。

 日が昇り切れば、緑の湯気が立つように濃い芳香が室内を満たすだろう。


 柄杓ひしゃくで汲んだ湯を一度釜に落とす。

 こぽぽ、と耳をくすぐる快音。


 抹茶の入った四つの碗に湯を注ぎ、柄杓を置く。


 茶筅ちゃせんを手に取り、久しぶりに茶を点てる。

 先端を折らないよう注意しながら、ちゃかちゃかと手首を動かす。


 できた茶は炉を囲む女たちが順に受け取っていく。



 女は、三人いた。



 一人は、人類。


 ただしその目はいずれの国家にも属さない茶色。

 纏うのは藍色の忍者装束。束ねた髪は鳶色。

 既に抹茶の苦味を感じ取ったのだろう。片膝を立てて座る彼女は渋い顔をしている。


 色。音。匂い。味。皮膚感覚。

 そのすべてが統合された少女。

 冒涜大陸で生まれた人類、ルーヴェ。



 一人は、人類ではない。


 炉を挟んでルーヴェの向かいに座るのは、上下ひと続きのゆったりした黒衣を纏う女。

 人間なら二十代後半の温和な顔立ち。

 肩に乗る煤竹色の髪は柔らかく、襟と袖口に黒い羽をあしらっている。


 茶碗を包む手は緑色の鱗に覆われていた。

 横座りであるため、手と同じ形の脚も覗いている。

 人類との違いは手足だけではない。

 黒衣の下には、羽衣を思わせる緑の羽が隠されている。


 冒涜大陸の覇者である『恐竜人類』の一員。

 彼女の名は「さぎの黒いやわい哀しいはね」。

 通称、サギ。



 最後の一人は、人類でも恐竜人類でもない。


 炉を挟んで俺の向かいに座るのは、色白の女。

 その髪は蝋燭の火を思わせる山吹色。瞳は黒で、片方の目は長い髪に隠されている。

 白い細雪ささめゆきの柄を入れた藍色の着物を纏っているが、窮屈なのか帯を緩めている。

 ふしだらさを感じないのは、どこか冷たい美貌の持ち主だからか。


 かつての名前はオリューシア。

 本当の名前は――「ベルシェアリーゼ」。

 呼び名はシア。



(……)


 茶と落雁らくがんを配り終えた俺は、床の間の掛け軸をめくる。

 中には階段が隠されており、暗い地下へ伸びていた。


「まわり、だれもいないから大丈夫だよ」


 静謐な茶室にルーヴェの声が響く。

 彼女がそう言うのなら間違いないだろう。

 そもそも、この場所に近づく者はほとんどいない。


 ここは屋敷の隅にある、「毒の貯蔵庫」だ。

 蛇。蠍。蜂。きのこ

 葉。樹皮。砂礫されき。蜜。砂糖。

 ありとあらゆる「毒」の素材を蓄えたこの場所へは、家人すら気味悪がって近づかない。


 立ち入るのは鍵を持っている俺と、俺の護衛である二人の忍者、舞狐まいこ蓑猿みのざるだけだ。

 護衛の二人はしばらく留守にしており、代役の下忍も警護の武士共々屋敷の外で待機するよう伝えている。


 家人の他にも、今この屋敷には客がいる。

 ブアンプラーナを逃れた王族セルディナと、ザムジャハルの槍兵ナナミィ。

 それに唐最強の剣士シャク=シャカ。


 セルディナは攫われた妹の件で動き回っており、ここに顔を出すどころではない。

 ナナミィは一日中ふらふらしているが、客間以外の場所へ勝手に立ち入るほど無遠慮な女ではない。

 シャク=シャカは既に街を離れ、葦原の剣客を訪ねている。


 ――つまり、何かの拍子に彼らが現れることもない。



 ここでなら、何を話しても、誰にも知られることはない。

 それがどれほど後ろ暗い話であっても。



 三人の女を見る。


「……」


 時間は無限ではない。


 近日中に「四カ国会談」が開かれる。

 葦原、唐、ブアンプラーナ、エーデルホルンの首脳陣が一堂に集う、歴史的な会談だ。

 既に都は上を下への大騒ぎで、『十弓』にも招集が掛けられている。


 だがその前に確かめておくべきことがある。


 恐竜。

 恐竜人類。

 冒涜大陸。

 茶色の目の人類。

 オリューシアの名を騙った半人半竜の女。


 そのすべてについて、今この場でつまびらかにする必要がある。


 俺は身の丈を超える長弓を畳に寝かせた。

 座布団の上にあぐらをかくと、うつぼがばしんと畳を叩く。

 蛇皮で巻いた黒髪が揺れ、肩を撫でた。


 全身の傷がじくじくと痛む。


「始めるぞ、サギ」



 ――まずは、『恐竜』について。



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