34
水中から身を起こしたバリオの顔は鰐そっくりだった。
鼻が長く突き出した独特の顎。
開かれた口から生える氷柱じみた牙の数々。
全身の輪郭そのものはティラノやアロ、カルタノに似ていたが、決定的に違うのが前脚だった。
事前に知らされていた通り、奴らの前脚にはぎょっとするほど長い爪が伸びている。
エーデルホルンの貴婦人が身に着ける『飾り爪』と呼ばれるものに近い。
巨躯を流れ落ちた水がばしゃばしゃと川面を叩く。
水面近くを泳いでいた鯰が身をくねらせ、あちこちの茂みから脚の長い水鳥が飛び立つ。
主食である魚を前脚の爪で獲る必要性からか、バリオの背はやや丸まっている。
苔緑色の鱗には濁った水に浮く四つ葉の水草がびっしりと張り付いている。
黄土色の瞳がきょろきょろと周囲を睥睨し、やがてこちらを向いた。
二百歩ほど先から俺たちを見据えたバリオは口を開け、つまらないものを威嚇するかのようにコロロ、と短く鳴いた。
猿の一群だと思ったのだろう。
「勝利条件を聞いてなかったな」
フデフサと呼ばれた三角盾の老兵が騾馬を下りた。
重厚な葦原の甲冑がかしゃりと鳴り、草鞋の下で泥が跳ねる。
「首でも獲れば良いのか」
「それじゃ刃物を持ってる奴が有利になるでしょ」
番傘の女、ヒシン=ビシンが続く。
彼女は唐服の上から赤く染めた袴らしきものを履いている。
「ァー」
彼女に追従するのは涎を垂らす少年だった。
見れば彼は両手に三つ爪の手甲を嵌めており、ほぼ四足歩行に近い姿勢で恐竜に近づいていく。
「では爪にしよう」
セルディナは騾馬の上から告げた。
爪、という単語にアンヘルダートが反応する。
「最も多くの爪を集めた者がそのバリオを仕留めたと考えることにする」
「よぉし!」
血腿団と呼ばれた一団がわっと飛び出す。
紅い鉢巻を翻した彼らの姿は水中で向きを変える魚群にも似ていた。
老人、番傘の女、少年が先を越されまいと駆け出す。
川辺の草が踏み潰され、濡れた泥が飛び散った。
得物が引き抜かれ、構えられる音に血が騒ぐ。
武士、女弓兵、アンヘルダート、国民番号7731は騾馬に乗ったまま彼らの後を追っていた。
様子を窺っているのだろう。
そして俺、シア、シャク=シャカはセルディナの傍を動かなかった。
俺たちはバリオに用が無いからだ。
「……君らは昨夜のうちに逃げ出すと思っていたよ」
セルディナは戦士たちに目を向けたまま呟いた。
禿頭に浮く汗の粒は小さい。
「その為に鍵も開けておいた」
川では男たちの怒号が響き、水が飛沫を上げ、バリオの巨体が岸辺の土を踏み荒らしている。
飛散した土はぱしゃぱしゃと水面を叩く。
「どういう風の吹き回しかな? 別に、金が欲しいのならそれで構わないが」
彼もまた相当の武人なのだろう。
真っ先にシャク=シャカを――つまり、俺たちの中で最強の人物を見やった。
彼がこの一団の行動方針を決めていると考えたのだろう。
「決めたのは俺じゃねえ。そっちの大将だ」
「大将?」
セルディナが俺を見る。
「……『暗殺』の話を聞いた」
美麗な顔が僅かに反応した。
「救助隊に殺し屋が紛れてるって本当なのか。閉じ込められてる王族を殺そうとしてるって」
「誰が言い出したんだい、そんなたわごと」
「さっき死んでた奴だ」
一瞬だったが、セルディナの目に罪悪感らしきものが覗いた。
「本当なのか……?! 暗殺の濡れ衣を救助隊に着せるって話も……」
「仮に本当だったとして、君らには関係ない話だ」
「救助隊には俺と同じ十弓がいる。濡れ衣を着せるつもりなら見過ごせない……!」
俺は弓を構えんばかりの勢いでセルディナを睨んだ。
「お前はどっち側だ? あいつらにバリオを狩らせてるのは暗殺の手助けをするためか? それとも本当に救助隊の援護をするためか?」
「……」
「そんなの決まっているでしょう、ワカツ。『王女を助ける側』ですよ」
シアと、彼女の乗る騾馬が俺達の間に割って入った。
文字通り、体ごと割り込んだ形だ。
「『暗殺する側』なら救助隊の露払いなんてしませんよ。バリオに襲われて救助が失敗するか、失敗しないまでも手遅れになってしまえば、取り残された王族とやらは勝手に死ぬんですから」
シアは冷たい目でセルディナを見やった。
「あなたの雇い主は取り残された方にずいぶんご執心のようですね。第十五王女でしたっけ?」
どどお、とバリオが倒れる音がした。
爪を巡って言い争う声、武器がぶつかる音がする。
川の方をちらと見たセルディナは淡白な表情でこちらを見た。
「私が受けた命令は一つだ。救助隊の行く手を阻む水棲恐竜を駆除すること。それ以上のことは知らされていないし、知らされていたとしても話すことはない」
至極まっとうな意見だ。
仮に俺が彼の立場だったとして、部外者においそれと話したりはしない。
むしろ油紙が燃えるようにぺらぺらと秘密を喋ったあの男がおかしかったのだ。
俺は少し考え、気づく。
「……。ちょ、ちょっと待て。あんた、『助ける側』なんだよな? 救助隊を進ませるためにバリオを狩って回ってるんだよな……?」
セルディナは答えない。
「あんた達が水棲恐竜を処理して、救助隊が玉宝巣に向かって……それで、誰が暗殺を止めるんだ?」
ああ、とシャク=シャカが手で庇を作って川向こうを見やる。
「そう言や、橋は落ちてるんだったな。ってことは……」
「ええ。バリオを駆除し終えたところで、彼が向こう側へ行くことはできません。救助隊側に暗殺を阻止できる人員がいない限り、ほぼ間違いなく暗殺は成功します」
「どうするつもりなんだ、あんた……!」
セルディナは応じなかった。
紫色の目は俺に向けられていたが、俺を見ているわけではなかった。
彼に何か考えがあるのか、それとも暗殺阻止は別の者の役割なのか、俺には見当もつかない。
「っ」
俺は騾馬を駆る手綱を引いた。
途端、「ワカツ」とシアが鋭く俺の名を呼ぶ。
「あっちに合流しようなんて考えない方がいいですよ」
「何でだ?!」
「あなた、狩衣をひらひらさせた格好のままそこら中を歩き回ったでしょう? 『暗殺する側』の人間はとっくにあなたの存在に気付いています。当然、国境で姿を消したことも知られているはず。……そのあなたが、今この状況で救助隊に合流するのは不自然です。『暗殺する側』はあなたが暗殺計画を知ったのだと考えるでしょう」
「考えたから何だ。殺し屋なんか返り討ちにしてやる」
「そんなことをしたらあなたはブアンプラーナという国家そのものを敵に回すことになります。忘れたんですか? 『暗殺する側』の背後には王族がいるんですよ?」
「ぅ」
「首尾よくミョウガヤ五位と合流して葦原へ逃げ帰ることができたとしても、暗殺そのものを止めなければ結果は同じです。あなた達は大罪人としてブアンプラーナに名指しで糾弾されることになる。……向こうは為政者です。王女の死体があればあなた達を下手人に仕立て上げるなんて簡単なことでしょう」
「そもそも騒ぎになったら救助そのものが取りやめになるんじゃねえのか。で、結局ワカツは救助を邪魔したっつうことでお尋ね者だな」
「……!」
つまり、俺はもう向こうに合流することはできないのだ。
ミョウガヤの身に危険が迫っていることは間違いないが、それを伝えてやることができない。助けてやることもできない。
(クソ……!)
俺は頭を抱えた。
暴力なら望むところだ。人だって恐竜だって殺してやる。
だが今回ばかりはそれではダメだ。
これは王族同士の揉め事。強大な『権力』同士の衝突だ。
俺などが立ち入ることを許される話ではない。
最悪の場合、俺やミョウガヤが糾弾されるだけでは済まない。葦原とブアンプラーナの関係にヒビが入りかねない。
「簡単なことです」
シアは肩をすくめた。
「無視して、さっさと葦原に行きましょう。それが全員の為です」
(……)
あるいは、それが良いのかも知れない。
ミョウガヤは自衛の忍者を連れているし、俺付きの忍者――舞狐も同行している。
運が良ければ暗殺が決行されても葦原へ逃げ出すことができるだろう。
その後は奴お得意の献金と策謀と話術とですべてをうやむやにしてしまえばいい。
もっと運が良ければ、忍者や四人の護衛が暗殺を未然に防いでくれるかも知れない。
その場合、五位は王族に睨まれることになるだろう。
だが暗殺計画のことを白日の下に曝せば、各国の有力者を味方につけて返り討ちにできるかも知れない。
(……いや)
違う。この考え方ではダメだ。
誰かが緻密に張り巡らせた策謀の網目を『運』一つでくぐり抜けられるわけがない。
相手はブアンプラーナの『王家』だ。
ミョウガヤがやり合ってきた葦原の貴族連中とは格が違う。
暗殺が成功しようと失敗しようと、『暗殺する側』はミョウガヤを逃がすつもりはないだろう。
おそらく葦原側の国境には軍が待機しているはず。
ミョウガヤは確かに頭が回るが、身体的にはただの子供だ。
こんな異国の地で追い回されたら早々に気力と体力をすり減らし、そのまま力尽きる目算が高い。
何を悩むんだ、と頭の奥でもう一人の俺が囁いた。
お前はミョウガヤのことが嫌いで嫌いで仕方なかっただろう、と。
策謀に長けているとのぼせ上がっている奴が破滅するのは痛快に決まっているじゃないか、と。
命を賭けてまで助けるような奴じゃない、と。
最後の声にはシアの声も重なっていた。
(――――違う)
確かに奴のことは嫌いだ。
だがここで奴を見殺しにすれば、俺は奴以上に自分のことを嫌いになってしまう。
俺は『十弓』のワカツ。
粗野で短気なのかも知れないが、それでも、誰かの破滅を喜ぶ男になったつもりはない。
ミョウガヤは助ける。
「君らは想定戦力に含まれていない。私は君らの動きに関知するつもりはないよ。来たければ来るといい。帰りたければ帰るといい。邪魔だけはしないでくれ」
セルディナは素っ気なく言い放ち、俺から視線を外した。
その先にはバリオの死体と爪を手にしたフデフサの姿がある。
唐兵の一団は悔しさのあまりバリオの死体をめちゃくちゃに切り刻んでいた。
「ワカツ。いいから行きましょう。この騾馬は慰謝料としていただくことにします」
シアが騾馬の鼻先を元来た道へ向ける。
「ずいぶん気が早ぇなお前は」
「だって、関係ないですし」
「そうかい? そんな感じにゃ見えねえんだが」
すっと赤い瞳が細められた。
「シア、お前ぇ何に怯えてるんだ? 俺か?」
「……」
「ああ。違ぇな。じゃ、何を焦ってんだい?」
「人の内面に踏み込もうとしないでくれます?」
シアが騾馬の腹に蹴りを入れようとした瞬間だった。
まず、シャク=シャカがぴくりと反応した。
続いて騾馬の耳が一斉にぴんと立った。
「っと!」
「ぅ、わっ?」
騾馬が尻を振って暴れ出し、俺たちは揺さぶられた。
からんからんと真鍮のカップがぶつかり、荷袋が栗色の胴を叩く。
騾馬を飛び降りたシャク=シャカが見つめているのは川と逆側の茂みだ。
濡れた黄緑色の葉に覆われた、鬱蒼とした森。
「!」
「!」
シアと俺もほぼ同時に気付き、得物を手にする。
(この気配……!)
セルディナも既に気づいているようだった。
禿頭を流れ落ちた汗が顎を離れ、ゆっくりと地面に落ちていく。
「……読みが外れたか」
まず、葉が散った。
そして強靭な後足が土を踏み、鰐そっくりの顎が緑の壁を突き破って現れる。
茂みの中から姿を見せたのは別のバリオだった。
体躯は先ほど仕留めた一頭よりひと回り大きく、沼と同じ色の胴部に赤茶色の模様が走っている。
どうやら雌か、雄らしい。
「つがいで動くのか、お前たちは」
セルディナが呟いた瞬間、バリオが高らかに吠えた。
ロォォオオ、という咆哮は洞穴の奥から風が吹き抜ける音に似ている。
込められている濃い感情はつがいの片方を喪ったことによる怒りか、悲しみか。
あまりの暴威に騾馬たちが逃げ惑い、鳥だけでなく猿や蛇まで森から這い出している。
俺は矢を番え――
「泣くなよ」
シャク=シャカは既にバリオの足元に居た。
俺の網膜に銀の直線が走る。
「すぐ一緒にしてやる」
脛の肉をそぎ落されたバリオが体勢を崩す。
シャク=シャカは赤い風となって倒れ行く巨体を駆け上がり――――途中で一度くるりと回転し、バリオの頭を蹴って跳んだ。
だん、と黒土を踏んだシャク=シャカは肉厚の刀を軽く振り、血と脂を落とした。
からん、と彼が放り捨てた鞘が今頃になって地を叩く。
次の瞬間、どおっと地面に崩れたバリオの喉から鮮血が迸った。
すれ違いざまに喉を掻き切ったらしい。
噴き上がる血が緑の木々を汚し、哀れな末期の声が森の葉を揺らす。
「?!」
セルディナが驚愕に顔を歪めた。
俺は番えた矢を外し、シアも剣の柄から手を離す。
「お見事ですね」
「こんなデカブツ、庭木と変わりゃしねえよ」
刃を鞘に納めたシャク=シャカは悠然と俺たちの元へ舞い戻った。
川のバリオを仕留めた面々も、その様を見物していた面々も、唖然と彼を見つめている。
「で、どうすんだワカツ」
紅い瞳が俺を見据えた。
「俺ァどっちでもいいぜ。お前ぇ、唐じゃ義理果たそうとして残ったらしいじゃねえか。ここでお仲間のために義理果たすってんなら付き合うぜ」
「あなたがいれば恐竜の百頭や二百頭、人間の千人や二千人、楽勝ですからね」
シアは騾馬の上で頬杖をつき、白けた目で告げる。
「とんだ買いかぶりだ」
シャク=シャカは軽く頭を振り、シア以上に白けた笑みを浮かべて彼女を見返す。
「……ここにユリが出やがったら、俺達全員死ぬんだぞ?」
「……」
「で、シア。あんたは一人で行かねえのかい?」
「色々事情があります。できればあなた達やルーヴェと一緒に葦原まで行きたいんです」
「だとよ。どうする?」
俺は簡潔に答えた。
「ここに残る」
「そうかい」
俺はセルディナに目を向けた。
奴はわざとらしく身をくねらせる。
「そんなに睨まないでくれ。照れるよ」
(……)
対岸を行くミョウガヤを助けるためにこちら側を進む。
一見すると理にかなわない行動だ。
だが俺は淡い確信を抱いていた。
暗殺者を雇ったのも王族なら、セルディナを遣わした人間もまた王族だ。
国中の腕利きを集めてやることが、バリオの討伐のみということはあるまい。
何か必ず『もう一手』ある。暗殺を止めるための『一手』が。
それを知っているからこそセルディナは平然としていると見るべきだ。
彼に協力することは結果的にミョウガヤを救うことに繋がる。
直感に過ぎないが、俺はそう感じていた。
「事情は分からないが、同行するということで良いのかな? それなら歓迎しよう」
セルディナは歓迎するように両手を広げた。
微笑を浮かべる彼が何を考えているのか、俺には想像もできなかった。
それから一度の休憩を挟み、俺たちは川沿いの道を進んだ。
成果は上々で、『討伐隊』は誰一人欠けることなく既に十頭ものバリオを仕留めていた。
二度目の休憩の最中、甲高い女の悲鳴が迸った。
「!」
真っ先に駆け付けた俺が見たのは無惨な死体だった。
皮をずたずたに引き裂かれ、腸をそこら中にぶち撒けられている。
よく見ると全身に毛が生えている。それに衣服を身に着けていない。
人間の死体ではないようだ。
(猿か)
安堵した俺は辺りを見回し、悲鳴を上げた主を探した。
が、そこには誰もいない。
「何だ騒々しい」
がさりと茂みから現れたのはフデフサ老人だった。
結構な距離を移動したことで血気盛んな唐兵ですらへばっているのに、彼はいまだ溌剌としている。
「? さっきのはお前か、十弓の童」
「いや、俺じゃありません」
「……じゃ、誰の声だ。お前の連れか?」
「シアじゃないです」
彼女があんなみっともない悲鳴を上げるところなんて想像もつかない。
冒涜大陸でも彼女が大声を上げたのは一度か二度だ。
だが先ほどの悲鳴は確かに女のものだった。
シアでないのなら番傘のビシンか、女弓兵かと思ったのだが、彼女達の姿もない。
――こるる、という短い鳴き声。
ほとんど反射的に、俺は声のした方へ矢を放っていた。
ぎゃっと短い悲鳴が上がり、ばざりと何かが倒れ込む。
「?!」
それは藍色の翼を持つ巨大な鳥だった。
ただし、生えているのは羽毛ではない。
剣のように長い骨を結ぶのは、黒くつややかな一枚布を思わせる翼膜。
姿だけ見ると蝙蝠に似た生物だ。
顔は細長く、黄色い嘴の先端が血に濡れている。
胴体はかなり小さく、赤ん坊のようだった。
大きさは――――ちょうど俺達人類と同じか、それより少し大きい。
怪鳥はバサバサと翼を動かし、悶えていた。
「こいつ……!」
きりり、と弓を引いたところで老兵が肩に手を置く。
「よせ。無駄撃ちだ」
一歩踏み込んだフデフサが重厚な盾を持ち上げた。
三叉状の先端が断頭台の刃のごとく振り下ろされ、鳥の首がぐしゃりと千切れる。
俺は屈みこみ、そいつの腹を割いた。
内臓は灰色で、でぷりと音を立てて零れる。
胃袋と思しき部位を切り開いた俺は、そこに消化されきっていない毛と皮と肉を認めた。
すぐそこに落ちている死体と見比べる。
――同じものだ。
「どうした」
「その猿、こいつが食ったみたいです」
「そうか。……」
フデフサと俺はほぼ同時に『ある考え』に至った。
そこに落ちている死体は人間の大人ほどもある猿だが、今殺した鳥の胴体は赤ん坊と同じ程度で、胃袋は更に小さい。
「胃の中身と食われた肉の量が合わんぞ」
「……一匹だけじゃない」
「群れるのか」
「おそらく」
口にすると同時に、俺は心臓が汗をかく感覚を味わう。
主食とするのかたまたま食ったのかは知らないが、猿を食う生き物は人間も喰うはずだ。
他の皆が危ない。
「戻りましょう」
「それが良さそうだな」
(……)
こいつらの身体構造、明らかに空を飛ぶ生物のものだ。
冒涜大陸では終ぞ見かけなかったが、空を飛ぶ恐竜も存在するのだろうか。
――もし。
もし、こいつらがラプトルやアロほどに凶悪な捕食者だったら。
人類は常に陸上で戦い続けてきた。
空からの攻撃を防ぐ術なんて存在しない。
唐はおろかブアンプラーナでさえも――――
「――――――!!!」
直後、休息地で鋭い悲鳴が連なった。
男のものも、女のものも混じっていた。
俺と老人は顔を見合わせ、地を蹴る。




