第九話 夢
リンが素早く移動して、背後に回られる。
ある程度足音でどこにいるのかわかることもあるのだが、今は視覚に頼るしかない。
背後から軽く叩かれ、アリカはうっと顔を歪めるしかなかった。
耳栓を外して、肩を落とす。
「……これ、大変ですよ」
「ま、やるしかねぇだろリーダー?」
期待するようにリンが微笑み、剣を構える。
アリカは耳栓をして、それから両手に剣を持つ。
この戦闘で必要なことは、視界を目一杯広げ、余裕を持つことと勘を鍛えることだ。
また、相手を良く観察し、その挙動から次の一手を予想する必要がある。
アリカはひたすらに意識を集中するが、結局リン相手に一撃を加えることはできなかった。
午後の時間すべてを、音がない状態での戦闘訓練にあてる。
そして、耳栓をいざとると、世界はあまりにも情報で溢れているのだと感じた。
「……耳があるって幸せなんですね」
「なんだか悟ったような顔をしてんな……。つか、ネイリッタの奴全然戻ってこねぇな」
「やっぱり、特別な耳栓というのは探すのが大変なんですかね?」
お互いに顔を見合わせていると、ちょうど駆け足気味のネイリッタの姿を見つけた。
「こっちですよーネイリッタ!」
手を振りながら声をあげると、ネイリッタも袋を持った手をあげてきた。
リンの前にしゃがみ、それから彼女は袋をアリカに渡してくる。
「これが、特別な耳栓なんですか?」
「そうだよ。……普通の耳栓だと、魔力の乗った咆哮は防げないんだけど、これはその魔力をはじき返すように作られているんだ。だから、たぶんクラリアの咆哮も封じると思う」
袋の中には綺麗な箱が入っており、その中に耳栓がいくつか入っていた。
アリカはそれを耳にさす。他の耳栓と音の聞こえなさに違いはなく、僅かに疑ったがネイリッタを信じるしかないだろう。
「戦闘訓練はできた?」
「……まあ、いつも通りの戦闘は難しそうだったけどな」
「それでも八割くらいでも大丈夫だよ。大事なのは、クラリアが絶対と思っている足止め攻撃を防ぐことが大事なんだよ」
「確かに、自信のある攻撃を止められたあとってのはどうしても隙を見せちまうよな」
リンは体験談のように語り、アリカもすぐに理解できた。
「それで、耳栓ありでの戦闘をスムーズに行うために、これからいくつかのサインも考えようと思うんだ。夕食の後、アリカ様の部屋に集まるので良いのかな?」
「大丈夫ですよ。あ、でもお風呂も入るのでその後で良いですか?」
「一緒に入ろう」
「鼻血流しながら言わないでください!」
ネイリッタの迫真の顔に、アリカとリンは顔を見合わせたがこくりと頷いた。
残り時間はあまりのないのだから、入浴の時間でも貴重だ。
小躍りしているネイリッタを見ながら、大きな不安を抱いていたが、それでも彼女を信じるしかない。
食堂へと三人で移動し、そのあと風呂に入る。
しきりに体を洗いたいと近づいてくるネイリッタを押しやりながら、どうにか入浴を終えた。
ふざけながらも、いくつかの話し合いはして、アリカの部屋へと集まる。
すでにうるさいいびきが部屋に響いていたので、サーシャの顔にふとんをかける。
多少それで緩和され、アリカは席に座りなおす。
「大丈夫なのかあれ?」
「大丈夫ですよ。いつもこんな感じですからね」
「ならいいけどよ。……それで、さっき話したサインだけでだいたいはいいのか?」
ネイリッタが紙に書き出していく。
サインは大きくわけて三つ。
人差し指だけをあげた、一の場合、突っ込め。
人差し指、中指の二の場合、下がれ。
人差し指、中指、薬指の三つで自由行動となる。
その三つのサインがあれば、簡単な指示を飛ばせるということになる。
「サインは基本的にリン様が出すということで良いかな?」
「ま、いちいち後ろ見てたらアリカの隙がでかいもんな。けど、あたしがうまくだせっかな……」
リンは状況を判断して、その場に適した指示を出すのが嫌いなようだ。
頬をかき、困った様子でいるとネイリッタが口を開いた。
「ワンテンポ遅れるけど、私がその前に声で指示を出すから大丈夫だよ。問題なのは、咆哮の後だね」
「……そのときこそ、私が頑張るんですよね?」
「そうだね。私とリン様が動けない間、クラリアを押さえつけられれば……それで一気に仕掛けられるはず」
「作戦としては、クラリアの咆哮の後、一気に片付けるってことでいいんですね?」
こくりとネイリッタが頷く。
さらに話をしていき、クラリアの一つ一つの技に対しての対策を考えて、話し合いは終わる。
「今日はしっかりと眠らないとだし……そろそろ解散にするか?」
部屋の時計を見れば、すでに十時を回っている。
アリカたちの試合は明日の九時からなので、早起きをしておきたいところだ。
「そうですね。それじゃあ……明日頑張りますよ!」
アリカが叫び、手を前に出す。
三人の手をあわせ、共に笑顔を浮かべる。
二人を廊下まで見送ったところで、アリカは部屋へと戻る。
窓の外を見ながら、自分の役目をしっかりと考える。
布団に入り、目を閉じる。
イメージするのは、戦闘の記憶――。
今までたくさんの人と戦ってきた。そして、様々な戦闘手段を見て、吸収してきた。
明日……それらすべてを出せるように、今のうちから記憶をたどる。
そのようにしていると、不思議な夢を見ることができた。
(久しぶり、ですね)
人によっては契約した魔法の夢を見ることができるという者もいる。
仮契約とはいえ、アリカもサーシャと契約をしている。
サーシャがまだ、レアール様の魔法だったから頃の夢だ。
サーシャと仮契約を結んでから、何度もこの夢は見てきた。そして、何度もレアール様の戦いをみて、憧れた。
レアール様と、魔王の顔までははっきりしていなかったが、サーシャは激しい戦いの中にいた。
後方に、若かったときの曾祖母とさらに昔共にしたというエルフの少女と、三十程度の整った顔の男――。
レアール様は長剣を軽く振りぬいて魔王を追い詰めていく。たまに後方からの援護の魔法を、見ることもなくすべて理解しているかのように動いている。
「――!」
レアール様は何かを叫び、ツルを出現させる。それこそが、彼の最強の魔法だ。
そのツルはすべての魔法を弾き、移動、攻撃、防御……すべてに活用できていた。
そのはもはや普通のツルのような細さではない。巨大な化け物といわれてもおかしくはない太さと強度を持っている。
レアール様の連続の長剣は、目でも追いかけられないほどだ。
それによって、魔王の全身が斬られ、一気に弱らせた。
魔人特有の青い血に、アリカは慣れないものを感じていた。
魔王を追い詰め、その片腕を弾き上げ魔王は魔界へと逃げる。
それをレアール様は追い、そのときに魔法の半分――サーシャを作り出した。
そこからはサーシャの記憶となる。サーシャは寂しそうにしながらも、アリナの家にて魔法として生きていった。
それからたくさんの人が、英雄の魔法と契約したいがためにアリナの家を訪れた。
しかし、サーシャはそれらを拒絶した。
はじめは、単純に嫌って……やがて、サーシャは一度だけアリナと契約をした。
しかし、アリナでさえ、その魔法は使いこなせなかった。体への負担が大きすぎる魔法なのだ。
(そりゃ、サーシャも拒みますよね)
そう思った瞬間に、目がぱちりと開いた。
気づけば午前五時となっていた。
アリカは早速つけていた耳栓をを外したが、いびきはしなかった。
椅子に座り外を眺めていたサーシャは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「早起きですね、サーシャ」
「そうじゃな……。久しぶりに、良いことを思い出せたのじゃ」
「なんですかそれは?」
「いや……やめておこう。おぬしに話す権限が、わしにはないからの。さて、今日は大会らしいが……わしも見に行くとするかの」
「え!? 応援してくれるんですか? ありがとうございます!」
「馬鹿を言うな。わしを使いこなしたいといっている人間が、どれだけ強くなったのか。主として確認するのは当然じゃろ?」
「私が主です!」
アリカが叫ぶが、サーシャは相変わらずの余裕な笑みだった。
今日が団体戦の日となると、アリカは途端に緊張してきたのだが、それでもやることは変わらない。
顔をぱんとたたき、気合を入れる。
やることはやったのだから、自信をもって戦うだけだ。
「ネガティブはダメです……。私、頑張ります!」
気合を入れるように叫んだ。




