第一話 魔法仮契約
「……く、ははは! 人間、人間! 貴様さえいなければ私の計画は完璧に終わっていたというのに!」
「俺がいなくても、人間たちならいずれあんたを倒していたと思うがな」
雑に伸びた髪を揺らし、レアールは魔王を見下ろす。その赤い両目で射抜いた魔王は、すでに満身創痍の様子であった。
魔人の証である青い血を傷口から流している魔王を、軽く見る。
レアールは長剣を肩に乗せながら魔王へと近づいていく。
仲間たちが背後で魔法の用意をしてくれている。だからこそ、安心して突っこむことができるのだ。
魔王はさらに高笑いをした後、片手をばっと広げる。
警戒する。
どんな魔法が来ると、レアールは分析する。彼には魔法を見破る能力がある。
魔王が作った魔法を分析していき、そしてそれが転移魔法と知ってすぐに駆け出した。
「さらば勇者! 貴様らが死んだそのときに再びこの世界へと戻ってこよう!」
「待ちやがれ!」
振るった剣は、空を切り魔王が空間の中へと逃げていった。
その後を追おうとしたところで、
「……レアール! 馬鹿なことを考えるんじゃないわよ!」
叫んできたのは、仲間の一人アリナだ。
アリナはぎゅっと抱きついてきて、その両目に涙を浮かべている。
「魔王の撃退には成功したわ。また魔王が来ても、きっと未来の子どもたちが世界を救ってくれるわよ」
「それじゃあ結局、永遠に平和は訪れないんだろ? 何度も何度も、魔王を撃退しているだけじゃ、前には進まないんだ」
だからレアールは仲間たち三人に視線を向ける。
それからレアールは、魔法の半分を結晶化してアリナに手渡す。
「……これは?」
「俺の魔法優秀だし、これからの世界で便利に使ってくれ」
「レアール!」
ぴっとレアールはアリナの口元に人差し指を当てる。
「もう、それ以上の言葉はいらねぇよ」
アリナの頭に大量の魔力をぶつける。
突然の魔力に、アリナは意識を保てなくなり、気を失った。
「……後の世界は任せた」
「本当に行くのですか?」
「あんたがまさか心配してくれるなんて思いもしなかったな」
「……あなたは、私たちが生み出したようなものですからね」
そう笑った彼の目は、どこか悲しげに伏せられていた。
レアールは軽く笑って、アリナを彼に渡した。
「……それじゃあ、ちょっくら魔界を破壊しに行ってくる」
「……必ず、戻ってきてください。目を覚ましたアリナに、何を言われるかわかったものじゃありませんから」
「なら、散々に困ってくれよ」
「楽しかったですよ。あなたとの旅は」
男は軽く礼をして、それから背中を向けた。
もう一人。少女がこちらを見ていたが、彼女は何も言葉にしないでただ、涙を浮かべていた。
レアールも言葉は思いつかない。
それどころか、これ以上ここにいても、決心が鈍りそうでさえあった彼は、もう振り返らない。
まだ開いている空間の裂け目に飛び込む。
同時に、襲いかかってきた刃を片手で止め、長剣を振りぬく。
それでも、魔人たちの数は嫌になるほどに多かった。
「それじゃあ……魔界でも潰しますか」
呟き、魔人たちの群れへと突っこんだ。
そしてレアールは、魔界を歩いていく――。
○
一年の秋。
四季がはっきりとわかれているのが、この国の長所だ……と誰かが言っていたのを思い出しながら、アリカは着々と近づいているタイムリミットに、頭を抱えていた。
(……ど、どどどどうすれば)
秋休みに入る前に受けた実技試験。
身体能力には自信があり、魔法なしでの成績は悪くはなかった。
しかし、魔法はまだ契約ができていなかった。
アリカは魔法についての知識を思い出しながら、一人嘆息する。
現在アリカは十六歳だ。
本来、この世界の魔法というのは十歳までにだいたい契約できるのだが、アリカは一切の魔法と契約できていなかった。
この前契約しようとした人型の魔法には、「心に迷いがある」と言われてしまっていたのだ。
剣、槍……様々な形態を持つ魔法たちとの契約に望んだが、アリカはそのすべてが全滅だった。
秋休みの間に屋敷へと一度戻る。
竜車に揺られること二時間程度。迎えの馬車に乗り継ぎ、どうにか屋敷へと戻ってくると、両親は快く自分を受け入れてくれた。
旅の疲れがあったアリカだったが、今回戻ってきたのは違う理由があった。
アリカは、昔レアールと旅をしていたアリナの子孫である。
アリカの家では、アリナがレアールからもらった魔法の半分を管理している。
魔法名を「サーシャ」という。
最強の魔法ともいわれるそれは、何度も契約したいという人間がいたが、いまだ誰も契約を結べずにいた。
アリカはサーシャが眠っている部屋をノックし、それからすぐに扉をあける。
「おっ、アリカではないか」
「……サーシャ。久しぶりです」
「そうじゃのー。魔法学園のほうはどうなのじゃ?」
甘い物が好きなサーシャはいつもここでお菓子を食べている。
それで太らないのだから羨ましい体だ。と、関係ないことを少し思考しながら、サーシャの前で頭を下げる。
「……サーシャ。お願いします。仮契約で良いので、私と魔法契約をしてくれませんか?」
「……なんじゃ、改まって。どうしたのじゃ?」
「魔法学園を退学させられてしまうからです」
「ふむ……」
サーシャはお菓子をおき、腕を組む。
「どうしてそこまで拘るんじゃ? おぬし、確か剣の腕や身体能力はそれなりに良かったはずじゃよな? 別に、魔法騎士を目指さなくとも、他にできることはあろうに」
「……私にとって、魔法騎士は特別なんです。あの魔法学園はレアール様が少しの間通っていたと聞きました。どうしても、そこで私もレアール様のように……強くなりたいんです」
まだ曾祖母であるアリナが生きていた頃。
アリカは毎日レアールとの冒険の日々を聞いていた。
そして、サーシャに頼み、レアールの冒険を見せてもらったこともあった。
その強さに憧れた。
誰にも負けないその心に、惹かれた。
アリカも彼のように、強くありたいと思った。
「……わしを、レアール様のように扱うのは、おぬしには無理じゃ。……無駄に魔法学園での日々を過ごすことになるかもしれないぞ?」
「無駄なんかないです。……ていうか、無駄かどうかは私が決めます。だから……仮契約を、してくれませんか?」
「……」
サーシャはしばらく顔を下に向けた後、こくりと頷いた。
「……わかったんじゃよ。おぬしが頑張っていることは知っておる。だから、おぬしがさらに頑張りたいというのを、その頑張りを応援できるのならば、仮契約をしてやろう」
「……本当、ですか?」
「なんじゃ、自分で言っておいて驚くではない。ただし、わしは甘いものが大好きじゃ。学園にいってからも、しっかり食べさせるのじゃぞ」
「わ、わかりました!」
懸念事項であった案件があっさりと解決でき、アリカは小躍りした。
サーシャの手を握って、ぶんぶん振り喜びを体で表現した。
「……いっておくが、わしはただ仮契約をするだけじゃ。魔法を使うことはできぬからな?」
「わかっていますっ。それでも大丈夫です!」
学園には、英雄の魔法と仮契約をしたと伝えれば問題ない。
「それでは……私はこれから剣の稽古に行ってきますね!」
アリカはささっと外へと出る。
アリカが去った後に、サーシャは短く息を吐く。
それから菓子を持って廊下へと出る。
庭ではアリカが、屋敷の護衛と剣を打ち合っていた。
剣だけならばアリカはその護衛にも劣っていない。
しかし、魔法を含めたものになると途端に一方的になってしまう。
それでも、傷を作りながらでもアリカは魔法への対策を考え、どうにかくらいつこうとする。
護衛にどうにか一撃を入れられるようなったところで、アリカは汗を拭いながら頭を下げる。
そして彼女は、休むこともなく走りこみを行う。
「……本当に凄い奴じゃの。レアール様よりも真面目じゃなー」
なんて昔を少し思いだしていたサーシャだったが、もう百年も前のことではっきりとした記憶はない。
結局彼は、魔界から戻ってこなかった。サーシャはそれを自覚し、少しばかり寂しい気持ちとともに部屋へと戻った。