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第4話:文明度高くてもカオスカルチャーには追いつかない

タイミングを逃すとなかなか打てなくてアイムソーリーです・・・

シック「――お姉様、ねばぎばですよ~!」



 両手の間に、わずかな隙間をつくる。

 太朗はそこに意識を集中させる。更に広げてまるで球状の何かを覆うような構えとするが、見るヒトが見れば自ずと何をしようとしているかわかるかもしれないが、この世界の人間には全く理解されないだろう。

 彼の全身を打つ水の圧。

 跳ねる水の粒が月光に照らしだされる。

「かあああああ……」

 わずかに変な唸りをすると、太朗の全身からオレンジの光が放たれ、外された眼帯のあった右目からは青白い光が立ち昇る。太朗自身の感覚で言えば、全身の汗腺が開いているような錯覚を覚えるようなものだ。

 そのわき出たオーラのようなものを、太朗は正確に認識する。目を閉じていても、脳裏には己の全身から吹き出るオレンジの「魔力」が、どういった動きをして居るか手にとるように分かる。以前の自分にはなかったその感覚を用いて、太朗は手と手の間にオーラを集中させた。

 両手ががたがたと震える。変に力んでいるから当たり前といえば当たり前だが、その成果もあってか、段々と全身のオレンジが、手元に集る。

 うすく左目をあけて、彼はそれを確認した。うすらぼんやりとした光が、流動し、今にも爆発せんと手と手の間の空間で暴れ、たぎっている。

「……集めるのに成功しても、こっからなんだよなぁ。運動エネルギー自体を操作すんのは難しそうだし、螺○玉は難しいか」

 ふたたび妙な声で唸る太朗。と、手元で膨張しかかっていたオーラの塊が、徐々にだが小さく縮小していくではないか!

 五センチほどに固まったそれを見て、太朗はテキトーに、前方に放つ。

「波あああああっ!」

 だが残念ながら、それは太朗の意図した通りには動かない。

 空中で霧散する橙色のオーラ。

 それを見て、レコーは太朗の脳内にささやく。

『――魔力を「体外で集中させる」という動作を踏まえて居る関係上、威力が落ちて居る。さらにそれを圧縮しているから、なおのこと』

「ていっても、球状ベースにしなきゃか○はめ波にゃならねーんだよなぁ」

 ため息をすこしついて、再度トライする太朗。人間をやめているせいか、疲れはほとんど感じないらしい。

 なにせ、深夜。

 太朗が滝に当る日々を繰り返して、数日が経過した。マリッサとリリアンナからは当たり前のように、その行動への理解は得られていない。今日も今日とて、昼間から深夜をすぎてもずっと滝に張り付いている。

 両者の意見は「それをして何の修行になるの?」というもので一致を見ている。

 単純にトレーニングすれば済む話だろう、というのが両者の考え、というよりも大陸の概念だ。魔術的な素養を鍛えるための修行に近いものがあるらしいのだが、生憎とそちらとは随分形式が違うらしい。

『――魔術的に元素の操る割合を増やす修行が一番近い。ただ、滝には打たれない。滝から流れる水の音を瞑想しながら聞き、把握する』

「はぁん。まあ魔力出すのが気持ち簡単になってるってのもあるから、俺もここで遊んでるわけだが……。あん?」

 レコーの解説を聞きながら、彼は胡乱な返事一つ。さしてそのことに興味はないらしい。むしろ彼の視線は視界の端にある、レコーの妹であるところのシックが担当する「倍速フューチャー速報」と書かれた欄に釘漬けであった。

 太朗は現在もまた滝に打たれている。当然のごとくリーゼントもどきは解けていた。

 マリッサは宿で寝ており、リリアンナはうつらうつらしながら彼の姿を見ている。そのたびにしっぽが左右に揺れるのが、太朗的には堪えどころ、修行どころであった。

「真の敵は己の内にあり、ってか?」

『――ぶぅ』

 何故か不機嫌になるレコー。太朗はふと、今までのレコーの反応を思い返し、一応、といわんばかりにテキトーに聞いた。

「……念のため確認しておくが、てめぇ、俺のこと好きとか言わないよな」

『―― ……』

 流石にこの無言が何を意味しているか、察せないほど太朗は鈍感でもない。

 ため息を一つついた太朗。そんな彼に、レコーは言う。

『―― ……綯夜(ないや)(つかさ)に、はじめて藤堂太朗のことを聞いたときは、驚いた。あの綯夜宰が、その本来なら吐き気を催す邪悪であるはずの少女が、まともに人間に興味を抱いたというところが』

「おいちょっと待て、それに助けられた人間としては、色々と不穏なフレーズが聞こえるが」

 瀕死より直前の頃。藤堂太朗は綯夜宰に拾われ、一時命を繋ぎとめた。そこからとあるインスピレーションを受けた結果、現在の仙人化に至るのだが、綯夜宰についてである。

 綯夜宰。太朗が出会った頃は、黒い和服を来た十代中頃ほどの少女。おかっぱ頭がよく似合う、レコーやシックよりもわずかに大人びた容姿をしていたが、そのくらいのちょっぴり小さめの美少女だった。

 その彼女が、いかなる存在なのかを太朗は知らない。レコーやシックがひた隠しにしているのだが、なんとなく人間じゃない、ような気は彼もしている。

 下手をすれば、ある種の神様であるかもしれない。なにせ死にかけていた人間に力を貸し、二十年後に復活させるような相手だ。まともな人間であるはずがない。実際の所レコーの言が正しければ、二十年とは言わず百年後には復活できていたらしいが、そんな部分に干渉してる段階で充分人外だ。自分の事を棚に上げて、太朗はそう考えている。

 太朗の彼女に対する認識は、二つ。

 他人の不幸を嘲笑い、弄ぶかもしれない悪魔じみた性格。

 それと同時に、一度手を貸した人間は最後まで面倒を見る。

 だがだからこそ、その宰を酷く悪し様に形容するレコーに、太朗は戸惑っていた。

 レコー・フォーマシャンタクス。

 綯夜宰に遣わされた、太朗のサポートインターフェイス(本人談)。

 彼女は太朗へと知識を提供すると同時に、誇張をせず嘘をつかない。まだ一年にも満たない付き合いだが、太朗とてそれは理解できる。だからこそ。

「そこまで酷いのか、宰は?」

『――今の彼女は、多少マシといえる。ただ彼女が彼女として誕生する以前、宇宙の【検閲削除】に眠る【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】【検閲削除】』

「あー、無理に話さなくていいぞ」

 太朗の魔力に応じて、レコーには開示できる情報と開示できない情報とがある。彼女が「【検閲削除】」というフレーズを連続したと言うことは、おそらくその部分に関わってくることなのだろう。

『――ともかく、何かあった時に私としては、綯夜宰を無条件に擁護したりは出来ないくらいの認識で大丈夫。

 そんな彼女が興味を持った人間というものに、私とシックとは【検閲削除】された』

「……何ぞ、そこ削除されてんだ」

 憑依とかじゃないのか、とわずかに恐怖のようなものを覚える太朗。もっとも長続きする感情でもなく、すぐさま話をすすめさせた。

『――そして、私は藤堂太朗に惚れた。正確には、その心のありように』

「あん?」

『――貴方は、きっと、何があっても根幹が揺らぐ事はない。私達みたいに【検閲削除】されて、本来の【検閲削除】から存在を根こそぎ変えられ、今の人間のような姿にされたり、高度な並列情報分散処理が可能にさせられても。私やシックのように、根幹が捩れることはない』

「『【検閲削除】』が多すぎて正直意味不明なんだが……何ぞ、色々わかるっていうなら、俺がそれでも首を縦に振らないってのも理解してるな?」

『―― ……』

「酷なことを言うが、正直俺は弥生以外の相手に、そういう感情を向ける事はないんじゃないか? 自分でもよくわからんが、そーいう人間らしい部分というか、ちょこちょこ抜け落ちて居る気がする」

『――自覚してきた?』

「流石に自分でも、あの猫の、リリアンナだっけか? に対する扱いは、いくら猫好きといえどおかしい気がするしな。まアレだ、要するにそういう、自分本意な部分ばかりが発露して、本来世間体だとか、人間なら意識すべき部分とかが抜け落ちてるんじゃねーのか?

 あとはま……、そういうの、元々得意ってわけでもなかったし。弥生だって、巡り合わせがあったから付き合ったというのも大きいだろうしな」

 太朗は回想する。彼の想い人だった彼女のことを。

 花浦弥生。太朗より一つ年上で、最も信頼していた相手に恐怖を刻まれた少女。

 信頼関係を築き、つきあって、そして太朗の方が死に別れた彼女。

 結局両者の関係は二年ほどか。付き合い始めてからはもっと少ない。

 清く正しく、彼女の心の傷に向きあい。

 少しずつ、少しずつ癒していければといったような。

 見ているだけで不器用で、放っておけなかった彼女の事を。

 最終的に守る事が出来なかった彼女に対して、太朗は心は大きく後悔に苛まれている。

 なかったことにして、あるいは受け入れて次を目指すと言うような事が、できるような便利な性分を太朗はしてはいなかった。

阿賀志摩(あがしま)さえ選択肢を失敗しなければ、それこそ俺なんて目もくれなかったろうに」

 そして事実関係を正しく認識できていることもあり、太朗のそれは根が深い。それ以上言及しなくとも、彼の心がある程度傷ついていることは容易に想像がついた。レコーは、だからこそ言葉を返さない。

 ふっ、と太朗は空気を変えるように、冗談めかしてにやりと笑った。

「それに、年齢的にてめぇほど下だと受け付けない」

『――ぶぅ、ビジュアルは綯夜宰の趣味。藤堂太朗より三つ、四つ上』

「なら、せいぜい姿形を変えられるようになってから出なおして来いよ」

『――御主人様のぉ、いっけずぅ』

「うっせ」

 レコーは、太朗の気遣いに合わせて、少し戯れた。





(本当に、あの男は何なのだろう……?)

 リリアンナは思考する。確か我が王は、自身の後輩と言っていたか。

 ここ数日、ひたすらに滝に打たれ続けると言う謎の行動を繰り返す彼に対して、リリアンナの印象は最悪ではなくなったものの、不気味や意味不明といった方向になっていった。

「リリアンナさん、ウチ的にこれいいと思うんだが、どうだ?」

「……もっと強度のある方が良いんじゃないでしょうか。一応、服の下に着るといえど防具なのですし」

「でもこれ、蒸れるだろ?」

「ああ……、わかりますね。なら、いっそのこと魔法服の方に」

「いや、あのビタ一文たりともまけん! って言わんばかりのドワーフのお姉ちゃんに、何かいってやってくれよ」

「一応、公官ですので……」

「ええぃ、お役所仕事めが、てぃ!」

「きゃっ!」

 突如、マリッサはリリアンナの両耳をモフモフした。突然の暴挙に、愛らしい声で固まる彼女。戯れる二人を、ドワーフの女店主が顎まで生えて居ない頬のひげを撫でながら睨む。言外に「店の中では五月蝿くするんじゃねぇ」と言っているのがわかるが、生憎と二人には伝わって居なかった。

「……まったく、どうしてこんなことに」

 威嚇しながら赤面しつつ、リリアンナは耳を押さえて途方に暮れる。

 そんな彼女の頭を、マリッサはニコニコ笑いながら撫でた。

「いやー、可愛いから仕方ないと思えってさぁ。ウチなんて」

「何の慰めにもなってませんよ! 大体、私立場結構偉いんですからね、失敬な!」

「そいつはすまない。あーアレだ、ウチもねこさんは好きだから大目に――」

「見れるか!」

「でも、一応ウチの方が年上だから」

「どういう理屈だ!」

「この黒猫さんみたいな髪型が、癒しなんだよなぁ」

「さ、さわらせませんよ、このっ!」

 しかし怒鳴りながらも、リリアンナはマリッサをどうこうするつもりもないらしい。彼女より更に頭一つ抜けてとんでもないのを目の当たりにして感覚が麻痺しているのか、あるいは数日の間一緒に出かけたりして仲良くなったためか。

 ちなみに年齢は、マリッサが二十五でリリアンナが二十ニ。

 両者は似ても似つかないが、一見して姉妹のように仲がよく見えた。

 と、魔法剣を手に取りながらリリアンナはマリッサに質問。

「……何故、貴方はあの男と共に居るのですか?」

「ん? って、あの白髪坊やな」

 太朗本人が居ないところで、マリッサは時々彼のことをこう形容する。

「色々理由はあるぜ、そうだな……、一つは恩義だな」

「恩義?」

「んな意外そうな顔してやんなって。あいつウチが思うに結構良い奴なんだぞ? 少なくとも第二の魔王なんかと比べ物にならないくらい」

「――っ、そ、そうですか」

 一瞬リリアンナの眉がぴくり、と動いたが、マリッサはそれに気付かなかった。

「まあアレだ。ウチと、その仲間たちはアイツに助けられた。それこそウチが何をしたところで、感謝しきれないほどに。今度、第三の魔王と一緒にそいつらも来るはずだから、詳しくはその時にな。で……、といっても私自身手渡せるものなどないし、だったら私自身しか提供できるものはないと」

「……つまり、慰みものに己の身を差し出した、と?」

「悪意ある解釈はしてくれんなよ。……それも考えなかったわけじゃないが、でもあの坊やは、そういうのとは無縁のところで生きて居るみたいだしな。まあ――」

 ノウバディだし、とつぶやいたマリッサの言葉に、リリアンナは目を見開いた。

「……異世界人だと、貴女は知ってるのですか?」

「そりゃ、一緒に居れば知る事はできるだろ。ウチの場合は人づてではあったけど」

「いえ、なら何故あなたは彼と一緒にいるのです? 異世界人は――不幸を呼びますよ」

 そう、リリアンナが未だに太朗のことを不気味に思って居るのは、ここが原因だ。異世界人。大陸を二分する聖女教と勇聖教とで、それに対するスタンスは違う。聖女エスメラは「文明発展に寄与する来訪者」とし、反対に勇聖教では「秩序を混沌とする異端者」とされている。儀典ではあるが、始祖の魔王すらその正体は異世界人(ノウバディ)だった、という文献さえあるくらいだ。

 魔族たちの信奉する「破壊神」の立場も、どちらかといえば後者に近い。

 あとはまあ、ちょっとだけ打算だな、とマリッサは続ける。

「元々ちょっと、犯罪に手をそめていたこともあってな。不本意でやっていた部分も大きかったんだが、あいつのせいでうやむやになってな。まあやったことに対して恨みをもって襲ってくる相手には、別に何も言わないし責任もないけどよ。ウチとしては足を洗えるなら、荒ってしまえるのが一番良いと判断したってところだ」

「はぁ……」

 いまいち要領をえないマリッサの説明に、リリアンナは疑問符を浮かべる。マリッサは肩をすくめて、こう口にした。

「少なくともウチは、ウチの目を信じてる。だからアイツが悪い奴じゃないって思った以上、それを信じて接するだけだ。

 リリアンナさんはどうなんだい? 自分の目を、耳を、信じて考えているのか」

「……断定も、保障もできませんね」

 何かを回想するかのように遠い目をし、リリアンナは自嘲げに微笑んだ。

 

 

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