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第3話:特に持て成される気はないようだ

次回も不定期っぽいです、すみません・・・



 滝まで案内してくれ、という太朗の言葉に、リリアンナはいぶかしげな目を向けた。

 太朗らの泊まった宿に、朝方出迎えに来たリリアンナ。マリッサは不思議そうな顔をして太郎を見たが、そちらは何処吹く風という風に「朝飯一緒に食え」と断言。断りを入れる彼女に「少なからずアンタ少食なんだから、一食抜いたら拙いだろ」と言って無理やり席につけた。無論正論である以上に図星というか、まるで見透かしたように真実を語る青年である。訝しげな目を向けるリリアンナだが、太朗のリアクションは明記するまでもなく「何ぞ?」であった。

 料理として出されたものは、手作りの温もりとかを木っ端微塵にするほど、綺麗な正方形にカットされた肉野菜炒めとパン。味付けは胡椒が強めで、なかなかに咽る。もっとも太朗のみダメージもなく、女性二人の反応を見ていたわけだが。

 そして、突然言い出した言葉がそれである。

「一体何をするというのですか?」

 鉄鎧の軽装――鉄製品の鎧を太朗はこの大陸で初めて見たのだが、それを装備した猫獣人の女性は、眉間に皺を寄せて太朗を見る。

「ペルシャっぽいな。昔家の近くで野良やってた」

「はい?」

「いや、こっちの話しだ」

 ちなみに彼女は、グレー髪に緑の目。スレンダーでしなやかな体躯は、大型の猫科を思わせる。

 表情自体はさほど変わって居ない太朗だが、しかしパンを持つ左手がうずうずと動いており、何かを堪えているのが一目でマリッサにはわかった。

「……いやさ、ウチらにもわかるような話にしてくれ」

「あん?」

 半眼を向けられても、マリッサはたじろがない。ちなみに彼女の服装は、赤髪に合わせてか真紅のドレスで、お嬢様風のそれがなかなか様になっている。元盗賊という素姓から盗品なのかもしれないが、スタイルの良さが際立ち、リリアンナとは対象的な雰囲気だ。

 そして太朗はといえば、何一つゆらがず黒いジャケットとチノパン姿。長袖のメッシュインナーらしきものを着ているが、色々と大陸の文明発展度に喧嘩売ってるような格好だった。

 ともかく、太朗はパンを噛み千切り、彼女に半笑いで答える。

「ま、修行といったら滝だろ的な考え方だな」

「はい?」

「どうもこの大陸、東洋系の人種と入り乱れてるくせにそういう文化ほとんどねーのな」

『――元々、藤堂太朗の居た世界からの人民流出が大半』

「なるほろ」

 太朗の脳内に響く平坦な声。レコーのものである。

 藤堂太朗のサポートとして、綯夜宰に遣わされたレコーとシックの両名。彼女等は普段姿を見せず、太朗の脳内に直接、様々な情報を提示したりしている。例えばこのように、太朗が欲した知識を必要に応じて提示する具合に。リリアンナが朝食をとっていないことを知ったあたりも、この能力に由来するところだ。

「となると、俺ら以外にも結構この世界には異世界人が来てると」

『――文明密度の問題』

「あん?」

『――開示条件不足』『――座禅組みましょうよ~』

 もっとも無制限に知識を得られるわけでもない辺り、彼も万能ではないのだが。

 一旦レコーたちとの会話を切り、周囲二人に半笑いを浮かべる。

「何ぞ、もう少し簡単に説明してやる。俺の目的としては、二つ。

 一つは、ここの国が保管する“賢樹(けんじゅ)”に接触すること。

 もう一つは、第三の魔王のダンジョン作りを直に目にすること」

 その言葉に、マリッサとリリアンナは共に驚く。もっともそれぞれが違った意味でだ。

「何故、貴様がそのことを知って――」

「賢樹……って、何だ? ちょっと悪いんだけど、ウチにも説明してくれないか?」

「止めとけ、ま俺の場合は不可抗力というか……、知ろうと思えばある程度は知れるんでな。そこは悪い、としか言いようがないが。

 ただ――ここが発展したのは、間違いなくそれのお陰ではあるだろうさ。なぁ?」

「……解答する権利を、私は持ち合わせて居ません」

 賢樹。その存在は、この国においてトップシークレットの一つに該当する。

 リリアンナでさえ名前を教えられはしたが、その詳細や正体については何一つ知らない。というより、魔王から教えてもらっていない。

 それを、何故この男が知っているのだ。

 訝しげな視線を太朗に向けるが、彼はのっぺりとした表情のままどこふく風である。

「でもま、少なくとも前者後者共に、岩石の魔王が帰ってこないことには話が始まらねぇんでな。そう考えると、それで何かできる事があるかとなると、ぶっちゃけ観光か修行か瞑想の三択くらいしか思いつかなくてな。ならとりあえず、ということだ」

「ぜひとも観光にしてください。いくらでも名所を案内しましょう」

「いや、高いだろこの国の物価って」

 ここの宿代二日分で、ある国の宿代二月くらいは過ごせるぞ。

 この言葉に、マリッサが周囲を見回して、引いた。この宿は関所に「安い」と言われていた宿であるにも関わらず、値段の差が極端すぎだ。いくら何でも暴利すぎである。

 そんな場所で観光に、金額を気にせず回った場合。どうなるか想像に難くないだろう。

「為替しないで使わせてもらえるってのは助かるが、ここに来るまでに貯めていた金額を半分もつぎ込んじまったぞ」

「……それについては、我が国の文明レベルを見てから言ってもらいたいです」

「確かに、たぶんこの大陸の中でトップクラスを独走してるだろうよ。……ていうか、蒸気機関なんぞ、どこから持ってきた」

 半眼で窓の外を見る太朗。そこには――間違え様もなく、蒸気を吹き出しながら動く列車のような何かが存在していた。





『――“賢樹”に付与されていた知識を引き出した結果、この大陸の中で屈指の技術力を獲得したのがこの国の魔王。本来なら完成しない可能性すらあった蒸気機関のギミックを、魔王が獲得したのは“賢樹”に接触したから』

「要するに、色々なのを格納したデータベースみてーなもんか」

『――正解。作成者は、異世界の知識やこの大陸外の知識も収納したもよう』

「でもその内部データを、俺の“全知の記録(アーカシックレコード)”で閲覧できねぇっていうからアレだよな」

『――でもでもぉ、その手のものが存在するってのが、私の近未来速報でわかるわけですしぃ、イーブンなんじゃないですかぁ?』

「結局二度手間ってことを考えると、やっぱり粛々と座禅組んだ方が良いんだろうがな。コスパは悪いみてーだが」

「……トード、一体何としゃべってるんだ?」

 空中を見上げながら、ぺらぺら独り言をつぶやく太朗に、マリッサは「大丈夫か?」みたいな顔をしながら話しかける。太郎と精霊二名との話声は、まるっと外に漏れるわけもない。外から見れば彼が独りぶつぶつと訝しげな顔しているだけなので、要するに危ないヒトこの上ない。むしろ声をかけるマリッサは勇者といえるかもしれない。

 ちなみに案内役たるリリアンナは、それには無反応。時折ついてきているか確認したりはするものの、雑談をするわけでもない。むしろ太朗が「三秒停止」とか「足元猫通過」「頭上注意」とか言ったりするのに振り回されている。ほとんどそれが、彼女が遭遇しそうなトラブル全般に対する正解であるのだが、何だかイライラしているようにも見えた。

「ま、ちょっと情報整理だな。ぶっちゃけ後で判んだが、放置しておくと二人の仕事が増えそうだし」

「は、はぁ……」

 おそらくレコーらのことを言ったのだろうと察したマリッサだったが、特にそのことについては言及はしない。かわりといっては難だが、ぴりぴり怒ってるリリアンナの尻尾の動きにちょっと視線が動いて、うずうずしていた。

「……着きました。この国で唯一、滝といえるようなものです」

「……なあ、これって滝なのか?」

「ん――何ぞ、ちゃんと浄水になってんのか」

 はてさて。太朗らが案内された先は、アスファルトに囲まれたファンタジーらしからぬこの国において、かなり説明が難しい場所といえた。一見すると、それは滝だ。日本の古来から連なる、崖から水が転落する様式である。

 しかし眼前のその有様は、様々なメタルの塊で構築された山の上部から、噴出するよう吹き出して落下する水だ。道中そこに至るまでの道筋で、色々な工場から流れ出た水がそこに集中しているのは明白だった。

 だがしかし、工業排水であっても汚水というわけでもないらしい。

「当然です。我が主が作り出したモンスターが、有外部質を分解して蓄積しています」

「……あん? ってことは、あの排水の変に盛り上がって居るところ、全部金属か」

「左様でございます。集められた物質のうち、鉄板の柵で流れるのを足止めし、後で回収して分類して、再利用できればそうします。駄目なものは後日処分して、水はそのまま下水道へ」

 水勿体ねぇな、という太朗に、きれいでも誰だって工場から出た水を使いたがりません、とリリアンナ。

「環境には気をつかってるのか。ま、アレか。蒸気機関をダンジョン内部だけで使わせているあたりからして、そういう気配はあったか」

 空を見上げる太朗。工場をはじめとして様々な場所から黒い煙が昇っているが、それが空を覆うことはない。この機関王国は、第三の魔王のダンジョンであり、壁をつたって天井は半透明のドームで覆われていた。そのドーム部分に吸収され、煙はその姿を消している。

『――基本原理は、ここの滝と同様』

「こっちもまとめて、再利用してるってか」

『――場合によっては分解してたりするみたいですよ~。あとこっちの川と言うか、滝の方がシステム的に古いみたいですね。未だに施設を作って居ない辺り』

「城壁の方には専用のリサイクル機関があるってか」

「……りさいく?」

「あー、あの煤を集めて、再利用するための施設が城壁にあるのかって話だ」

「慧眼ですね。錬金術にも造詣がありそうですし」

 舌打ちしそうな表情のリリアンナ。マリッサと太朗との表情を見て、彼女は続けた。

「貴方たちは城壁に接触せず、王国に入り込んだからわかっていないでしょうが……、本来、この国の外壁は二つあります。そのうちの外側にあたるものが警備用、そして内側から見える、白い壁が再利用施設となっています」

「はぁん……」

「再利用……?」

 なんとなく納得する太朗と、いまいち基本原理からして理解できていないだろうマリッサ。もともとこういった科学知識というのは、リリアンナが言った錬金術という分野の発展した先にあるものだ。様々な物質に対して実験を重ねて分析し、性質を露にしていく。その先に錬金がなかったとしても、様々な形で応用が効くわけだ。

 ただ、当然のように今現在の大陸の文明発展からすれば、この国のそれは異常極まりない。

 それこそ時代が数十世紀先を行っている。

 マリッサが全く理解できずとも、無理からぬ話といえた。

「やっぱり“賢樹”は一度見ておきたいな、こうなると」

「……」

「知りたいなら聞けばいいんじゃねぇのか? たぶん、相手も気分を害しはしねーと思うぞ。ま教えてくれるかは別問題だろうが」

「――っ! な、何を言ってるんですか貴方は、そんな、恐れ多い……っ!」

 さらりと自分の思考を見透かされ、挙動不審になるリリアンナ。彼女の耳としっぽがゆれるゆれる。それにわきわき手を動かす太朗と、少しうずうずしているらしいマリッサという絵面は、リリアンナの内心の殺伐さと対比して、何とも言えない和やかさがあった。

「ま、いいか。とりあえず俺ここでしばらく修行してるから、てめぇはてめぇで他の場所教えてもらえや」

「あー、で、どうすんだ? トード。修行するって言っても、アレか? 刀で水流を切ったりすんのか?」

「あん?」

 言いながら太郎は軽くジャンプして、水面に両足を乗せる。「あっ」とリリアンナらが反応する前に、彼はそのまま、ひょいひょいと「水面をスキップで走っていった」。

「……はい?」

「あー、ウチ薄々思ってたけど、何でもありだな」

 唖然とするリリアンナを尻目に、太朗は滝の水が丁度落ちる位置で、座禅を組む。無論足場などない。上から落ちる水流で、跳ねて揺らぐ水面があるばかりだ。そこに太朗は、まるで当たり前のように腰を下ろし、両手を合わせ。

「……滝で修行って言ったら、普通打たれるだろ」

 この大陸の文化では存在しないタイプの、ストレートな滝行を敢行した。

 ちなみに服は、そのまま濡れみずくであった。



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