第2話: じゃれすぎると死んじゃうことも多いらしい
ちょっぴり復習
親睦をはかろうということで、太朗はマリッサと雑談を交わす。
「そもそも、アンタ様は何なんだ? 魔王だってのは知ってるけど、それ以外はてんで――」
「だ、か、ら、魔王じゃねぇって言ってるだろ。俺は、仙人だ」
「仙人……?」
「――だから、仙人という概念がこの大陸にはない」
半眼で顎をしゃくる太朗の言葉に、青髪の方の少女が突っ込みを入れる。「それから、マリッサ・バーム。藤堂太朗は確かに『魔王』ではない。半精霊ではあるけど」
「えっと、どういうことだ? ウチにも分かるよう説明してくれないか」
「――はいなはいな~! お姉様、あれやりましょうよっ!」
マリッサの問に、赤髪の方の少女が起立して手をあげる。ぶんぶん振り回しながら青髪の少女の方を見て、何かを催促していた。軽くため息をついた後そちらも立ち上がり、両方の少女が手を伸ばし、太朗を挟んで対になるように立った。
次の瞬間、部屋が真っ暗になり、少女らの間に真っ白な布が張られる。腰から生えていた翼が変質したのだろうか。意味が分からない。頭をかしげたマリッサだったが、次に起こった現象に度肝抜かれた。
少女等の間に出現した布に、光と映像が投影された。
少なからず、この世界にはないはずの技術と概念のものである。
太朗はといえばスクリーンの裏で「あん?」と面倒そうにしていたが、特にその上映(?)を止めるつもりはないようだ。
たかたかた~ん、たかたかた~ん、たらったた~ら~ら~ったーたんっ。
そんな気の抜けるメロディが生り。スクリーンは「5」「4」「3」と数字が減退するカウントをしていく。それが「1」をきった時、モノクロだった映像はフルカラーのものに変化した。
画面には「ダイジェスト版 ※ネタバレ注意」と表示されていた。
「――それは、二十年前のことであった」
スピーカーとかではなく、赤毛の少女が直に口からナレーションしていた。
「てめぇがしゃべるんかい」と太朗。気にせず上映は続く。
「――トード・タオは恋人を奪われ、自身も呪われズタズタに殺された。彼の最愛の相手に恋慕していたその男、クラウド・アルガスは、トード・タオを呪いの武器を用いて確殺。結果、瀕死の重症を負ったトード・タオ」
「今度はレコーか。さっきのBGMみてーに収録音とかねぇのか?」
「――予算がないので、お兄様。で、その際に私達のお母さ――まみがしゅっ! ヴ……」
「何ぞ、舌噛んだか?」
「――シック、『スポンサー』の空気を読むべし。
私達のお姉様の手によって、トード・タオは急速に修復される。厳密には、人間から逸脱して変質しかかっていたトード・タオを、より高速に変質させるよう手を貸して、私達を貸与した」
「変質……?」
青髪の少女、レコーの説明に合わせて、スクリーンがまま切り替わる。デフォルメされた黒髪の、のっぺりした少年と、デフォルメしているにもかかわらず結構グラマーな少女。その間に入り両者を引き割いた、色黒の、マリッサにもやや縁のある男。少女が男につれていかれ、少年は腕を足を失い転がる。右目も喪失し、徐々にそのデフォルメがやせ衰えて行く。犬のようなものがまとわりつきながら、後は死を待つような状態にあった。
それが、突如光り輝き、現在の青年を思わせる白い姿に変質していく。変化していく途中、真っ黒で名状しがたいコウモリのようなシルエットが一瞬スクリーンを過ぎったような気がしたものの、たぶん気のせいだ。・
「――二十年後。復活したトード・タオは、人間の身にありながら、精霊に近い在り方へと変貌。その後、邪竜を倒して、なんやかんやあって現在に至る」
その真っ白な彼が、巨大な竜のようなもの(これまたデフォルメされている)に、雷やら立つ蒔きやらをまとった飛び蹴りのようなものを加え撃破。現在に至る、のタイミングで「以下省略」という意味のエスメラ語が表示され、上映は終わったらしい。早回しのエンディングテロップは、「取材・監督:レコー」「アニメーション・演出:シック」「提供・キャラクターデザイン:綯夜宰」と流れた。
スクリーンが消滅し、部屋が元通りになった後。はっきり言って最後の下りはマリッサに意味不明だったが、とりあえずの感想としては。
「元人間ってことか? アンタは」
「ま、そんなとこだな」
「……その変な髪型も、そのせいってことか」
「いやいや、似合ってるだろ?」
不思議そうな顔で見てくる太朗に、マリッサは言葉を返せない。左右の髪を後ろに撫でつけたリーゼント風の頭は、なんとなく表情もあいまって見るものを威圧する。刀を弄りながら向けられる視線は、お世辞にも両手を上げて賛美するようなものではなかった。
「……なるほど、どうしてあの街に居たのか、理解できたよ。つまり復讐にいったってわけか」
太朗とマリッサとの出会いは、クラウドルという都市においてのものだ。クラウドルは、ガエルスの将軍が一人、クラウド・アルガスが治める土地。そしてその相手は、さきほどレコーが読みあげた、彼の復讐相手の名前でもあった。
だが、太朗は不服だ、と言わんばかり。
「復讐じゃねぇ。清算だ。俺とアイツの分の」
そう断言する太朗は、眼帯の上から己の右目を押さえる。
以前は欠損していなかったから何かあったのだろう、とマリッサは判断して何も言わない。しかし、彼はそれなりに、何か思い詰めるような表情をしていた。
「……ま、弥生にも再会できたから、イーブンってところだな」
「いーぶ……? というより、や、ヤョぅィ? ってのが、その相手さんか」
「――マーチ・ガーネット」
「何だ、その本名……? ヤョゥ要素どこにもないだろ」
「厳密に言うと、そっちの言い難い方が本名で、マーチとかいうのが偽名だ。クラウドも同様に」
「……アンタも?」
「とうどう・たろう。言ってみろ?」
「トードゥ・タオゥ……」
「まあそんな具合に言い辛いから、色々呼び名変えてるのさ。他意はない」
「はぁん」
頭を押さえて、ベッドに倒れこむマリッサ。「……何か、頭痛いぜ」
「知恵熱か。じゃあ今日は、もう寝ろ。夕食の際には起してやる」
「助かる……。で、何をしようとしてるんだ、この精霊様たちは」
レコーとシックとが、気が付くと横向きに倒れたマリッサの、前と後ろとに現れて、彼女にだきついていた。
「だから、抱き枕。ベッド硬いだろうから、可愛がって眠れ」
「い、いや、止してくれ、ウチこれでも宗教には真摯なんだよ。破壊神様の眷属たる精霊様たちに、こんな無体はたらいたってなったら、行き場がねぇよ……って、逃げないで! 頼むから!」
納刀し、後ろ手で扉を閉める太朗。そんな彼に色々な意味で助けを求めるマリッサだったが、声は届かない。否、届いても却下されているようだ。
「――大丈夫ですよ~?」
怯える彼女に、手前のシックがにこにこ笑顔を向け。
「あの、異世界人野郎――ひっ……あんっ」
「――私達は、別な“神性”に仕える精霊。この大陸の女神たちの庇護下にはない。
あと、弥生さんには負けるけどメイラさんよりおっきい」
そんなことを言いながら、レコーがマリッサの胸を背後から鷲掴みにした。
※
奇妙な侵入者達が来た、その日の夜。
機関王国――「第三の魔王」が支配するこの魔族の国にて、照明装置はかなり特殊なものとなっている。基本的にはロウソクだが、それを覆うランプのようなものが特殊なのだ。
一度火を灯したら、その光をロウソクの火が消えても、周囲の元素を集め持続させ続ける。
このランプのお陰で、機関王国は夜だというのに、薄ら明かりで満たされている。
この時代、この大陸のどこを見回しても、これほど恵まれた照明事情を持つ国もないだろう。
そんな国の王宮。鉄と歯車と、様々なからくりの組み合わせられた城の一室にて、リリアンナは巨大な「モニター」の前に、平伏していた。
『己としては、そのまま歓待しようかと思う。城に入れるのは己が着いてからでかまわぬから、その判断は正しかった』
モニターには、小さな笑顔が映し出されていた。外観は、無骨なカラクリ人形と言うべきか。木と金属とで出来た、銀色の人形。スタイルはゴリラをデフォルメしたような、大きな両腕と短い足。顔面は、点と線だけで描かれた簡素なスマイルというシュールさで、全身からは少し動くたび、メタルがきしむ音と、蒸気が噴出していた。
『あまり気にはしない性質だろうが、無体だけは働くなよ。無礼には嘲笑を、不条理には鉄拳と嵐を返す男ゆえな』
だが、そんな小さな見た目に反し、声は低く、威圧感がある。
画面越しでも伝わるプレッシャーは、嗚呼、その小さな人形の正体を物語るものだろう。
彼こそが、第三の魔王。岩石の魔王とも呼ばれる、この機関王国の支配者である。
そんな魔王に、従者たるリリアンナは進言。
「我が主。ですがあの男らは――」
『クラウドルからは、既に発った。
待たせてしまって済まん。が、土産も色々とあるのでな。しばし待て』
「……ははぁ」
通信は、やはり魔王の発言が強い。リリアンナを威圧する一語一語に、黙らせられる。
『ストーンワイズ共の調子も見に行ったが、あちらもあちらで採掘を進めてくれることだろう』
「そ、れ……、は、上々にございますね」
『ああ。己が王国にとって、今後も更に発展が望めるだろう。
あとは、まあ心配するな。敬意を持って接するならば、彼奴めは我等に恩恵を齎してくれるやもしれぬ相手ぞ?』
「恩恵、でございますか?」
『ああ。時に我が創造主が持っていた――「異界」の知識など、な』
「……とてもではありませんが、私は信じられません」
『貴様の言葉は時に重要なものだと思うが、こればかりは譲れん。我が王国がこの国で最も栄えるために、間違いなく男の知識が必要なのだ』
威圧はするものの、魔王は終始おだやかに言葉を続ける。しかし、リリアンナはツンツンしたまま。
「あの眼帯の男は、堂々と侵入したのですよ? 白昼堂々。つまり、時に貴方様すら殺しかねない。宿木の魔王でさえ、正面衝突だったというのに。そもそも貴方様の作られたダンジョンたる城の付近まで、無断侵入可能という段階で、信用なりませんし、脅威です。何より――あの顔が気に入りません。何ですか、あの、ぬぼーっとした表情。何を考えて居るかわからないし、おまけに常識もないときている、その上ですね――きゃっ!」
そんな彼女であったが。
「何ぞ、ヒトの居ねーところで陰口叩くんじゃねぇっての」
突如現れた藤堂太朗に、しっぽをつかまれてあえぎ声を上げた。頭についた猫耳が、ぴん! と立ち、全身直立し震え、目を見開き、真っ赤になりながら転がる。
「な、なじぇ、きしゃま、王宮のにゃかまで……っ」
「何ぞ、んな肉球でも触られたようなリアクションなんだ?」
『知らぬか? 一部の獣人族にとって、それは鋭敏な感覚器官に相当するぞ。頭についている耳同様にな』
「はぁん……」
太朗のかつての知り合いである及川翼でもいれば「テンプレ乙」と返しそうなリリアンナの反応である。いや、猫獣人の美女という段階で既に「テンプレ乙ww」と草すら生やすかもしれないが、藤堂太朗は当たり前のようにその手の分野には疎い。
真っ赤になって太朗を睨みつける彼女を見つつ、岩石の魔王は哄笑を上げた。
『はっはっは。来たか我が後輩、「藤堂太朗」よ』
「……何故本名を知ってる。というか、藤堂太朗のところだけ妙に聞き覚えのある、嘲笑を含んだ娘の声だった気がするが」
『録音したからな。生憎と発音できなかった故』
「宰か……」
舌打ちはしなかったが、心底いやそうな表情を浮かべた藤堂太朗である。
『どうした?』
「性格悪いのの手回しがどこまで及んでるのか、ちょっと頭に過ぎった」
『そこまで性格が悪いだろうか? あれはあれで一途だと思うが。
ともあれ、ようこそ我が「磁極木蓮蒸気機関の王国」へ。歓迎するぞ、異邦人よ』
「予想はしてたが、素姓はバレてたか」
肩をすくめる太朗。リリアンナには彼等の会話はいまいち理解できていないようだが、これは太朗からすれば幸いである。
マリッサへの説明では省かれていたが、藤堂太朗は異世界人である。ある日突然、緑色の光と共にクラスメイト共々、この世界へと転移させられた。そして恋人たる花浦弥生を奪うため、彼女の幼馴染であった阿賀志摩辻明の手によって無惨に重症を負わされる。
そんな瀕死の太朗は、綯夜宰を名乗る黒い和服の少女に助けられる。そして瀕死だった彼は何を思ったか、座禅を組み瞑想。気がつくと「人間」をやめ、名状しがたい存在へと変貌し、二十年後に復活したのだった。
太朗は肩を竦めながら、魔王に確認をとる。
「もしかして、クラウドルから何も言わずに引き返したのって、色々と予想してたのか?」
『左様。貴様の傍には、森の巫女の末裔がいた。混ざり物であり、ヤスナトラの魂を封印はできても長くはあるまいと察した。そして、貴様の顔からそれを理解していなかったとも』
「そうなると、もうその方法を探すには、てめぇを頼るしかないと考えていたか」
「貴様、さっきから無礼だぞ、我が主の前――にゃぅううっ」
太朗の前に出る前に、背後に回られ今度は耳の中をもふもふされ、動けなくなるリリアンナ。
『貴様、結構鬼畜だな』
「あん? そこまでじゃねぇだろ、公衆の面前で辱めてもいねぇし。で、俺の目的が分かった上で歓迎する、と言うからには、何か俺に要求するもんがあるってことだろ」
『うむ』
藤堂太朗はクラウドルの地にて、大陸を脅かす邪悪なる竜と戦い、勇者と共に勝利した。そしてその魂を、太朗と共に旅をしていた仲間が己に封印したのだ。そのせいで、このままいくとそう長くかからず息を引き取るらしい。止む無く太朗は彼女を己の「収納空間」と呼ぶべき亜空間へと封印し、その状況を改善させるべく奔走していたのだ。
その方法を考える際、頼るべき先が第三の魔王をおいて他に居なかったため、彼は現在ここに居る。
『まあ、あまりこうした場で話すことでもないのでな。己がそちらについてから、改めて歓迎しようか』
魔王は満面の笑みを(小さい子供のらくがきみたいな顔で)浮かべながら、リリアンナの方を見て命じた。
『己が帰るまでの間、その男に王国の案内を頼むぞ。同伴者がいれば、そちらにも同様に丁寧な対応を』
「にゃにゃ! なうううううううううううう!?」
太朗に耳の内をまさぐられながら、目を白黒させる。魔王はそんな彼女の反応を無視して、画面の中で何かトンカチのようなものを取り出した。
耳から手を離して、すわりこむ彼女に太朗は手を差し伸べる。
「あー、ま……。宜しくたのむな」
「誰がするか!」
涙目で叫ぶ彼女に、あれ色々失敗したか? と太朗は頭をかかえた。
藤堂太朗、猫好きゆえ容赦なく可愛がる性質である。