プロローグ
まだ不定期更新ですが、とりあえずプロローグだけ・・・。
煉獄。
カトリックにおいて、地獄と天国の狭間にあるとされる区間のことだ。
ここで魂は炎に責め続けられることになるが、これは地獄の拷問とは意味合いが異なる。
つまるところこの炎は、死後天に召される際、神の国へと入るまでの浄化のための場所だ。
後に教会の見解として否定されることになるものであるが、しかし、かつてそれはまごうことなく存在した。
人々の認識の中に。
そしてまた、人々の安らぎの中に。
死者を想い、祈る。死後その罪が煉獄の炎にてあがなわれることを願う。
そういった行為が、必ずしもすべて死者を思っての行動だったかどうかは、定かではない。
だがしかし、死者が仮に強大な存在であったとするのならば。
あるいは、終わってしまったその事柄があまりにも重大事で取り返しがつかない事柄であったのならば。
人々はやはり、祈るほかない。
その荒ぶる魂を鎮めることを。その荒ぶる魂に、やすらぎが訪れることを。
奉る、参る。故事に起こった巨大な事件に対して、心を痛めて冥福を祈ると言う行為の根底には、多少なりともそういった部分があるのは否めない。
それは大災害であろうとも、あるいは大人災であろうとも。
等しく失われた命があり、等しく奪われた悲しみがあり。
そして、消える事のない涙と怒りとが、根底に流れているのだから。
――さて。ならばこの状況には、決着などつくはずもないのかもしれない。
場所は、果たしてどこだろうか。
開けたその空間は、酷く距離感を曖昧にする。伸ばせば天に手が届いてしまうような錯覚を受ける。
そこには、真っ黒な雲が立ち込めている。成人男性数人が肩車して手を伸ばせば、届いてしまう距離で雲が張られているのだ。
降り注ぐ雨は、大地を濡らすはずである。しかし、大地は濡れない。
見渡す限りのその場には――紅蓮の炎が、ゆらゆら立ち昇っていた。
悲鳴が聞こえる。野太い怒りが聞こえる。しかしそんなもの、この大地を飲み込む渦の中では瑣末な問題だ。ひとえに全てが只の、黒い炭屑でしかない。数秒と立たず、あっという間に全てのものが炎に飲み込まれる。
その中心に立つ彼こそは、まさにこの場の支配者に他なるまい。
全てが彼の掌の上であり、全てが彼の憎悪の対象であった。
『……こんな世界など、消えてしまえば良い』
言葉の通り、彼の手にかかればそれは一手間もかからないだろう。
この炎は、酸化で燃えているわけではない。
彼の内にある絶望を燃料として、全てを滅ぼさんとしているのだった。
だが、彼がその炎を拡散させる前に、冷や水がぶっかけられた。
「そりゃ、困るな。こちとら弥生の手作りケーキ、まだ食ってねぇし」
ふっと、彼は上を見上げる。声の方は、本来「人間なら」ありえないだろう頭上から聞こえていた。
そこには、黒いジャケットを羽織った青年がいた。白髪赤目だが、片目に眼帯をしている。上に羽織った黒いジャケット以外は簡素であり、動き易そうではあるが装備としては少々心もとない。左腰には派手な装飾の刀を下げている。
青年は、驚く彼を鼻で笑うと地に降り立つ。
明らかに異常だ。ニンゲンが空中を浮いていることもさることながら、そもそも降り注ぐ雨に濡れておらず、炎が引火した様子もない。むしろ触れるもの全てを発火させるはずの炎が、まるで彼を避けているかのようだった。
「正直、てめぇの立場には同情するが――んなセカイ系的発想でテロなんぞ起されちゃ、俺みてーな身分としては、厄介極まりねぇぞ」
『……お前に、何がわかる』
「わかるさ。逆に聞くが、何ぞてめぇに俺がわかる?」
白い青年は、
「俺だって大事なものを奪われ、蹂躙され、俺自身も踏みにじられ、みじめに殺された。状況次第という部分もあるが、お前が重要視しているポイントは一通り網羅している。ただそれでも――だからこそ、てめぇはこの道に染まっちゃいかん。畜生のために、自分が畜生になり果てる必要なんぞ、どこにもねぇからな」
『……何だ、貴様は』
青年は、にやりと笑った。
「一応“仙人”を自称している」
青年の名乗りに、彼は頭をかしげた。
※ルビを考えたのは彼じゃありません。