8.
「その必要はない。子どもたちは無事だ。お前らそこをちょっとでも動いてみろ、二度と日の目を拝めねぇようにしてやる」
「えっ!?」
な、何なのこの人? 今全く気配が無かった……
エマの背後にはいつの間にか漆黒の衣を纏った青年が立っていた。吹き荒れる熱風がその顔を覆っていたフードを取り払う。衣と同じ闇色の髪と瞳がエマを捉えた。
「あんた、サーカスの人間だな。怪我はないか?」
「あ、はい。あの、今、子どもたちは無事って」
「ああ、俺の仲間が保護してる。心配すんな」
青年はにこりともせずにそれだけ言うと茫然とする自警団の男たちに向かって言い放った。
「自警団が聞いて呆れるな、子どもを売るだぁ? その腐りきった耳かっぽじってよく聞けよ。お前らがこれから帰るところは監獄だ。そこで罪過を償え。償いきれねぇやつは俺がこの場で叩き切ってやるから、前に出ろっ!」
何、何が起こってるの?
「ごめんねぇ、あの人はいい人なんだけど、ちょっと血の気が多すぎるんだよ」
いきなり耳元でささやかれ、エマは驚いて飛び上がった。
「な、何なんですか、あなたたちは?」
「ああ、俺たちは別に異国人だからってそこの能無しみたいに誘拐したりしないから大丈夫。君たちを助けるのはついでだから気にしなくていいよ」
そう言ってエマの肩に手を置いている淡い金髪の青年が楽しそうに嗤った。このわけがわからない状況が楽しくて仕方がないというように。その端正な顔に浮かぶ笑みが炎に照らされて少し不気味に映った。
「な、なんだ、お前らは? もういいだろっ! 俺は何にもしてねぇんだよっ」
空気も読まずに言い争いを始めた二人の乱入者に自警団の若い男がしびれを切らして喚き散らす。
「おい、静かにしろよ、こいつら、熾天使の紋章をつけてやがる……教会の人間だ、下手に逆らってみろ呪われちまうぞっ」
別の男が怯えたようにじりじりと後退する。
教会、熾天使、もしかしてこの人たちがリーシェンの言っていた教会騎士団なの?
こうして見ると二人の青年とサーカスに来ていたあの人物の姿は驚くほどすんなりと重なって見える。
「ご名答。さて、質問だ。ここ最近、闇市で子どもが商品になっているとの情報が入ったんだがどこ探しても子どもの誘拐事件なんてこの辺りでは起きていない、何故だかわかるか?」
黒髪の青年が逃げ出したくてたまらないといった風の男の胸に剣先をピタリと合わせた。逃げようとしたらその剣は確実にその男の胸を貫くだろう。人を殺すことに何の迷いも感じさせないような、異常なほど自然な動きだった。
男はゆっくりと肯定の意を示した。
「じ、自警団の一部の人間が、闇市の売人と繋がってるんだ」
「それで?」
「異国の子どもは、高く売れるからよ……市民登録のない商人の子どもや、こういう連中をね、狙えばいい金になる」
「だから、ありもしねぇような罪をそいつらに被せ、逃げられねぇようにしてその挙句に売り飛ばすってのか。どうせ今回の火事だって、ろくに調べもせずにこのサーカスに責任負わせるつもりだったんだろうが?」
「す、すまなかった、で、でもどこの自警団だって同じようなもんだぜ? 子ども、女、奴隷の売買なんてどこでもやってる。ちょっとくらい大目に見てくれたって女神さまの罰は当たらねぇだろう? な?あんたたちだって信仰じゃ食っていけねぇ、俺たちだってボランティアで市民様の面倒みてるだけじゃ食えねぇんだよ司祭様」
男は媚びるように青年の足元にすり寄る。
エマはその瞬間、青年の纏うオーラが怒りから正真正銘の殺気に変化したのを感じた。
「聞け、犯罪者。お前の首がまだ胴体と繋がっている理由その一、切り離すところを子どもに見せたくないから。その二、俺の所属している組織では殺人は認められないから。わかるか? お前がまだ生きてられるのはその儚い二つの理由で俺の理性が保たれているからだ。わかったら、さっさとその手を離しあがれっ!! 」