7.
「さぁ、しらねぇな」
管理官の顔に張り付いた笑みがその一言を言いきる前に凍りつく。
「うぐっ!? 」
信じられないような強さでギリギリと胸倉を絞めあげられた男の喉が無様な音を吐き出す。
「す、すいません。あなたに危害を加えたいわけではありません。……っだから、今すぐ、息がつづくうちに子どもたちの居場所を教えなさいっ! 」
ガラスのような灰色の瞳を怒りとわずかな理性に染めたエマは両の手で自分よりはるかに大きな体格の男を地面から引きはがしていた。抑制された怒りが冷たい氷のような狂気に変わっていく。
エマがただのおどおどした子どもではなことを敏感に感じ取った男は背後に控えていた仲間たちに目で合図を送った。
(こいつを、殺れ)
その目に躊躇など一欠片もありはしない。男の生存本能が全力で己の生を守れと告げている。
何なんだ、この坊主は……っ?
この細っこい腕のどこからそんな力を出していやがる? まるで喉元に研ぎ澄まされた刃を突き付けられているような危機感は何だ?
男の思考を占領したいくつもの疑問は解決するまえに泡となってはじけ飛んだ。
背後から押し寄せてくる自警団の男たちに向かってエマが胸倉を掴んでいた管理官を投げ飛ばした。
「答えてっ! わたしはそれだけしかお願いしてませんっ」
エマは必死になって叫んだ。
みんなどうしてわかってくれないのかしら。傷つけたくない、誰も。でもそれ以上に許せなくなってしまうの。わたしの大事な人を傷つけるあなたたちがっ! だから、お願い……わたしがあなたたちをめちゃくちゃにしてしまう前に。
エマの異常な強さに恐れをなしたのか自警団の一人が彼女の背後にいたウィルの腕をねじり上げた。
「っあ、な、何すんだよっ」
人質をとったことで勝ち誇ったような表情を浮かべた男はエマが自分自身よりも他人を傷つけられる方が効果的であることを感じ取っていた。
「ウィルっ! 」
狡猾そうな光を放つ瞳に踊り狂う炎がチラチラと反射する。
「手を出さないでっ! その子に、あの子たちにもしものことがあったら、もしそれがあなたたちの悪意によるものなら許さない。わたしの手があなたたちを殺してしまわないうちに、その汚い手を離しなさいっ!! 」
エマの手には管理官のベルトから奪い取った一振りの剣が握られていた。
きっとこの人間はこの剣を振り下ろすことを一ミリだってためらうことはないだろう。その場にいた者はみなエマの身の内に宿る殺気に背すじを凍らせた。
華奢なその身体には背負いきれないような感情を爆発させる時を待つ危うい怪物。
それは目の前に立ち尽くす幼い少女の姿をしていた。
「そ、その餓鬼から手を離せジェームズ・エーカー」
投げ飛ばされた衝撃で立ち上がることすらできない管理官が震える声でウィルを捕まえている男に命じる。エマは頷いて両手を広げた。弱り切った上司に向かって悔しげに舌打ちをしたジェームスはエマに向かってウィルを突き飛ばした。
「う、っわ」
エマはウィルのやせ過ぎた身体を強く抱きしめる。
そのぬくもりが本物であることを痛いくらいに噛みしめて、エマは静かに荒れ狂う感情を落ち着かせた。
「教えてください。サーカスのテントにいた子どもたちが今どこにいるのかを」
それは心臓が軋むような、悲痛な願いだった。
ただ、無事でいてくれればそれでいい。
エマは男たちの言葉を静かに待った。