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6.

 パンドラが燃えたですって!?

 エマの心臓が早鐘のように動悸を打っている。

 ふとリーシェンが言っていた放火事件のことが頭をよぎった。

 不幸の連鎖に思考を鈍らされないようにエマは嫌な想像を振り払う。

  

 エマは疲れ切って走れないアーニャを背負い、やっと見覚えのある商店街にたどり着いた。

 時刻はとうに深夜を回っているというのに商店街はたくさんの人間でごったがえしている。


 「何、いったい何が起こってるの? 」

 エマは驚いて足を止めた。

 走ろうにも人が多すぎて前に進めない。

 「パンドラの火事の情報がもう広まってるんだ。みんな放火の犯人を探してるんだよ」

 背中からアーニャが叫ぶように言った。

 「でもそれって傭兵や自警団の仕事でしょう? 」

 この地域では市中の犯罪を取り締まる役目は国から要請を受けて組織された傭兵集団と市民で構成された自警団が負っている。

 リーシェンに聞いた話では教会の騎士団もその一部を担っているらしい。

 「これは噂だけど、最近起こっていた火事騒ぎがあるだろ。あれ、全部同じ人がやってたらしくって懸賞金がかけられてるんだって」

 「お金目当てに自ら危険に飛び込むなんてよっぽど余裕のある人たちなのね」

 エマは嬉々として情報を交換する紳士や女性たちの神経が理解できなかった。

 

 「こんなところで時間をくってるわけにはいかないわ。急がないと」

 アーニャはこくんと頷くとエマの背中から滑り下りた。

 「アーニャ? 」

 「僕、もう自分で立てる」

 小さな足がしっかりと地面を蹴った。

 「そう、アーニャは強い子ね。でも無理しちゃだめよ」

 「うん! 」

 エマは再び走り始めた頼もしい少年の背中を追った。


 ♦♢♦♢♦♢


 鉄製の巨大なアーケードを抜けると町は途端にその様子を一変させた。

 一面が麦や野菜の農耕地にかわり、ところどころに水車小屋と粗末な宿泊所や民家が点在する広大な土地が視界いっぱいに広がっている。

 「エマっ! あれだよ、あれっ! 」

 サーカスのある場所はすぐに分かった。

 遠方にゴウゴウと炎上しているサーカステントが見えた。

 前方を指さしながらアーニャが振り返る。

 「急がなきゃっ! 」

 二人はテントを喰い尽す悪魔のような火に向かって走り続けた。


 「二人とも、いったいどこに行ってたんだっ!散々探したんだぞっ!」

 ようやくテントまでたどり着いた二人を泣きそうな顔をした少年が出迎えた。

 服も顔も煤で真っ黒に汚れ、あちこちに傷を作っている。

 「すぐに来られなくてごめんね、ウィル。みんなは? みんな無事?」

 エマはウィルと呼ばれた少年の頭をなでた。

 周りにいる大人たちは皆、サーカスの関係者ではなさそうだ。

 だとしたらテントに残っていたのは子どもたちだけなのだろうか?

 「気がついたら物置のテントから火が上がったんだ。今晩は稼ぎが良かったからなのかな? 大人たちはみんな出払っててテントで留守番してたのは僕とイーサン、アーニャ、コニーとエレナ、あとはユウとジャックの七人だよ。みんな火が大テントに来る前に逃げ出したから無事だよ」

 「そう、よかったわ。みんなは今どこ? 」

 火事に巻き込まれた子どもがいないとわかると、エマは安堵で身体中の力が抜けていくような気がした。

 「さっき来てくれた自警団のおじさんのとこだと思うけど」

 以前テントの周辺では近隣の住人や自警団の人が黙々と消火作業に徹してくれている。しかし、火は鎮火するどころか強風を見方につけてさらに勢いを増していく。大小合わせて五つあったテントは今やすべてが巨大な炎の渦にのみ込まれ、木造の梁がメキメキと音を立てて無残に崩れ落ちた。火の粉が頭上から容赦なく降りかかってくる。

 「こりゃあ、もう自然に火が治まるのを待つしかねぇわな」

 枯れ木色の制服を着た老齢の男がポツリと言った。

 「あ、あの子どもたちをしりませんか? 」

 自警団とみられるその男にエマは声をかけた。

 「あんた、このサーカスの関係者か? 」

 「はい、あの、ご迷惑をおかけしました」

 「まったくだ。こんな大きな火事場は久しぶりだ。責任者は? 団長はどこにいる? 」

 「それが、町に出ていると思うんです。いつも朝方に帰ってくるもので」

 「はぁ? 何だって? こんなガキばかりに留守を任せているのかここの大人は」

 「ええ、まあ」

 男は大げさに溜息をつくと、面倒くさそうにエマを睨んだ。

 「わしはここら一帯、つまり中央公区を警備する自警団の管理官、ターナーだ。こっちもこうした不幸な事故・事件にはほとんど無償で対応しているんだがな、あんたらみたいなよそ者がこの地区で起こしたことについては別だ」

 「別、と言いますと……」

 移動サーカスのような流浪の集団は所詮どこへ行ってもよそ者だ。

 行く先々で、白い目で見られるのは当然のこと。犯罪の濡れ衣を着せられることだって少なくない。この管理官の目もよそ者を嫌う冷たい温度を宿していた。

 この火事がもし、ここの人たちに危害を及ぼしていたら例え火事を起こしたのが噂の放火犯だとしてもサーカス団は被害者と認識されにくいだろう。

 よそ者は被害者ではなくいつだって厄介事を運んでくる不幸の使者なのだから。


 管理官はパンドラが中央公区の領主に借りていた土地に火事の火が飛び一部の作物や、テントを張っていた敷地内にあった領主の別荘宅にも被害が出ていると告げた。

 「賠償金、ですか? 」

 「ったく、それは払って当然だろうが。俺たちはこの国の人間を守るために働いてんだ。あんたらみたいな浪人風情の面倒まで無償でみてやるほど甘くねぇ。ほら、団長にでも渡しとけ」

 顔全体にいやらしいニヤニヤ笑いを張りつかせたターナー管理官は分厚い紙束をエマに押し付けた。

 それは見たことのないような額が記された領収書の束だった。

 

 「払えないなら、子どもを売れ。幸いこの国じゃあ奴隷の需要はたくさんあるんでな」


 子ども、奴隷?

 そう言えば子どもたちは、自警団のおじさんと一緒だって……

 エマは後ろにいたウィルに問うた。

 絶対にそうでなかったらいいのにと願いながら。


 「ねぇ、ウィル。さっき言ってたおじさんってまさかこの人なの? 」

 

 ウィルが震えながら頷いた。

 「あ、あいつらをどこにやったんだよ、おじさんっ!」


 

 

 

 


 


 

 

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