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3.

 「へぇー、それで要するにその妙な男がこれを落としていった訳だ」

 

 リーシェンはエマに渡された装飾品のようなものをじっと眺めている。

 あの青年がサーカスのテントを去った後、見つけたものだった。

 すぐに後を追いかけたかったが舞台を放棄することはできなかったため、返しそびれてしまったのだ。

 しかし返そうにもあの青年のことは何一つ知らないし、探しようがなかったエマは情報通のリーシェンを頼ってこの花街を訪れたのだった。

 

 「でもこれだけで身元を特定しようったってねぇ」

 けれど、さすがのリーシェンもお手上げといった様子で装飾品を弄びはじめる。

 「服装に特徴はなかったかい?この耳飾りは銀でできてるんだ。ここいらのちゃちな店が売れるような代物じゃあないからね。どっかの金持ちかもしれないよ」

 「服装、そう言えばフード付きのマントを着ていたけど足元が隠れるくらいの丈の長いワンピースのようなものをその下に着ていたわ。男性なのにズボンをはいていなかったから変わっていると思ったんだけど・・・・・・これだけじゃ情報不足よね、顔もよく見えなかったし」

 「ワンピース?」

 リーシェンは美しい柳眉を寄せて怪訝な顔になった。

 「な、何か心当たりがあるの?」

 「エマ、あんた教会へ行ったことがあるかい?」

 「いいえ、外から見たことはあるけど入ったことはないわ。わたしのいた孤児院は教会のものではなかったし」

 「じゃあ、聖職者らしき人間を見たことは?」

 「見ていたとしてもたぶんわからないと思う・・・・・・」

 それを聞いたリーシェンは溜息をついた。

 「おそらく、あんたが殺し損ねた男は教会関係者だろうさ。そのワンピースみたいな服は聖アトラス教会の聖職者が身につける祭服だよ」

 「教会の人だったのね。全然わからなかったわ」

 「それとね、今思い出したんだけどこの耳飾りよく見てみな」

 リーシェンはそう言ってエマの目の前でそれをチラつかせた。

 鈍い光を放つ銀の耳飾りに6枚の羽根がついた鳥のような形の精緻な細工がなされていた。

 なるほどこんな高価そうな品ならこの辺りの闇市にだって出回っていないだろう。

 「うーん、鳥のように見えるけど」

 エマが率直な感想を述べると、リーシェンはにやりと笑った。

 「それが違うんだなぁ。聖書にでてくる熾天使は知ってるかい?」

 「わたしの教会についての知識が皆無だって、分かってるくせに」

 「むくれんなよ、エマ。悪かったって」

 リーシェンに散々自分の無知を露呈したエマは少し拗ねたようにそっぽ向いた。

 「なーんてね、それを教えてもらいに来たんだもの。怒ったわけないじゃない」

 それを聞いたリーシェンはやれやれと言った様子で肩をすくめた。

 エマにも年相応に子供らしいところもあるもんだと。

 本人は自分の生まれた年を知らないらしいがおそらく十五、六といったところだろうか。

 この年でサーカスなんてさぞ大変だろうに、とエマの手や身体に残る痣や擦り傷を見て、自分の幼い日を重ねていた。

 

 「リーシェン、リーシェンってば」

 こんな風にぼんやりとしてるリーシェンは珍しいとエマは少し不思議に思った。

 「ああ、ちょっとね」

 我に返ったようなリーシェンを見て安心する。

 「熾天使ってのは、女神アトラスの使いで女神に一番近い高位の天使なんだ。〈二つの翼でその顔を隠し、二つの翼でその足を覆い、二つの翼で飛翔する〉ってね。確かに鳥に見えなくもないさ」

 「で、その天使とあの人に何の関係が?」

 「教会の人間で、熾天使の耳飾り。そんな格好をしている奴はおのずと限られてくる。間違いない、そいつは教会騎士団の騎士ナイトだ」

 「教会、騎士団? 」

 「ああ、花街に来るような連中じゃないからよく知らないが、お国の兵隊様よりよっぽど頼りになるって噂だよ」

 「じゃあ、中央教会に行けば会えるかも知れない?」

 「たぶんね、あんまり大規模な組織じゃないらしいから不可能ってことはないだろう」

 

 「さすがねリーシェン、ありがとう。明日さっそく行ってみるわ」

 探し人が見つかるなんて初めてだもの、今日の不幸はこれでチャラにできそうだと喜ぶエマにリーシェンは言った。

 

 「エマ、気をつけな。信心深い人間にはいい奴ばかりとは限らないよ。騎士団に入るような奴らには女神のためなら死んでもいいとさえ思っているような危ない奴だっているかもしれないからね。近づきすぎるんじゃないよ」

 

 「もう、リーシェンたらまるでお母さんみたい。大丈夫、返しに行くだけよ」

 

 「それならいいんだよ。そろそろ仕事に戻るから帰り道に気をつけな。最近物騒なんだよ、ボヤ騒ぎが何件か起きてるし、死人も出てる。こんな時はフラフラうろつくもんじゃない」

 

 「うん、気をつけるわ。今日はありがとう。また来てもいいかしら?」

 無邪気に笑うエマにリーシェンはあきれた様子で手を振った。

 

 「こんなところ、来るもんじゃないっていつも言ってるだろ?」

 ここは人間の汚れた欲と情念が渦巻く美しい皮を被った危険な魔都。

 一度堕ちたものはもう二度と戻ることはできない。

 

 「なら、今度はわたしがリーシェンを連れ出すわ」

 エマの何気ない純真な心は時に鋭い刃となってリーシェンを傷つける。

 けれど、エマの言うことなら信じてみようと思ってしまう自分が可笑しくてリーシェンは微笑んだ。

 

 「いつか、ね」

 

 濃い闇の中に消えてゆくエマの後ろ姿をリーシェンはその背中が人ごみにかき消されるまで見つめていた。

 

 空に立ち込める分厚い雲が赤く光る月を覆い隠している。

 いやな予感を孕んだ風が花街の赤提灯を揺らした。


 

 

 


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