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受け継ぐ想い

作者: 橘雅

 祖母との思い出は、少ない。

 お花見、お盆、お月見、お正月。季節ごとの集まりで、私達孫やひ孫が遊んでいるのを、少し離れた場所から、穏やかな顔で見つめていた。怒った顔を見たことがなく、声が静かで抑揚がないから、お坊さんみたいだとみんなで笑っていた。

 薄情かもしれないけど、思い出はそのくらい。

 だから、知らなかった。


「聾学校の……先生?」

「そうよ」


 祖母の葬式で、焼骨が終わるまでの待ち時間。お母さんから教えられて、びっくりした。

 だって、どうせ専業主婦だったんだろうって、思い込んでたから。


「戦前から先生をしていたの。で、戦後、復帰する時、聞かれたんだって。聾学校の先生も空いているけど、どっちがいい? って」

「それで聾学校選んだの? だって、大変でしょ?」

「そうね。おばあちゃんも迷ったんだって。耳が不自由な生徒なんて、相手したことなかったし。でもひいおばあちゃんに言われたんだって」


 母は誇らしげな横顔で、なぞるように言った。


「“困ってる人の助けになる道を選びなさい。戦後、そういう人は後回しにされちゃうから……あなたは、助けてあげなさい”って。それで、決めたんだって」


 でも、彼らの教育はとても難しかった。子供達はあー、うー、としか言えず、会話ができない。何を考えているか分からず、怖いと思う時もあったという。しかも祖母に教育方法を教えてくれる人がいない。知識もなく、八方ふさがりな状況。

 それでも祖母は、手探りで教え続けた。発声の練習方法。手話。買い物や、バスや電車に乗る時のコツ。一般の人との会話のコツ。

 退職した時のだと見せられた写真には、机に収まりきれない花束と、大人になった卒業生に囲まれた祖母がいた。

 1年前、アルツハイマーが進行して、私が誰か分からず怖がるようになった祖母。

 でもその写真に写る眼差しは、幼い私を見つめていた目と同じもの。


 ぽこんと、心の底が抜けた。

 今、やっと、本当に、おばあちゃんを亡くしたのだと、分かった。

 時間はきっとたくさんあったはずなのに。話を聞いておけばよかった。元気な時に相談すればよかった。今の私と話したら、なんて言ってくれたかな。


 白い骨を納めながら泣いて、帰りの車で少ない思い出を振り返るうちに、ある想いが、抜けた心の底からわきあがってくる。

 机の上に置いたままの、進路希望調査表。どうなりたいか分からずに、持て余していた未来絵図。

 困っている人を、助けてあげられる人。それを貫いた、おばあちゃんの生き方。


 ふわりと浮かんだ優しい笑顔に、私は微笑み返していた




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