お面 安倍晴明
「ねぇ、安倍晴明って知ってる??」
「あ、はい。陰陽師の人ですよね」
「うんうん。やっぱり人間界でも人気なの?」
「人気というか、有名って感じですけど…」
ウンウンとお面屋は満足げに頷くと一つの箱をカゲロウの前に差し出した
赤い紐で縛られたその箱をウキウキした雰囲気を醸し出しながらお面屋が開ける
「デデーン!」
「これは?」
まさにドヤ顔をしながらお面屋は箱の中に入った一つのお面屋をカゲロウの顔に近づける
細い糸目にスラリとした面長の顔
まろ眉にあまり分厚くはない唇
中性的な整った顔立ちのお面だ
「も〜!見てわからないのかい??安倍晴明ダヨ!!せ・い・め・い!!」
「へぇ、こんな顔してたんですね」
「ちっがーう!そんな反応見たかったわけじゃナインダヨ!もっとあるでしょ。えっ嘘、晴明様?やば〜い!…とか」
「なんで人間界の女子高生みたいな反応なんですか」
不満ですと書かれたお面の額を何度も軽く叩きながら、お面屋はため息をついた
カゲロウからしてみれば、安倍晴明という人物を知っていても特別興味があったわけでもないので、はいそうですか。としか言えないのが本音だ
陰陽師と言われてもよくわからないし、なんかすごい人というイメージが拭えない
「こっちでも、安倍晴明って有名なんですか?」
「……ふん、教えてあげよう。カゲロウくん」
華やかな大通りから少し外れた所にある暗い森の中に、根城を持たず気ままに生きている妖の集まる宿がある
その名も玉藻の宿
言わずもがな、かの有名な玉藻前が宿主である
「ここにはたくさんの妖が集まるからね。聞いてみるといいサ」
「安倍晴明?知ってるよ」
「あー、いたなぁそんなやつも」
「あべのハルカス?超高層ビルだろ?」
「せーめいはときより、ここにきますよ!」
「せーめ!せーめ!」
「興味ない」
「無」
「ね?有名だろ?」
「半々じゃないですか!?」
おっかしいなァ?と首を傾げながらもあまり気にした様子もないお面屋
カゲロウが呆れてお面屋を見ていると、パッとお面を入れ替えたお面屋は妙案とばかりにカゲロウの手を引っ張り大広間に向かった
そこには宿主でもある、玉藻前がいた
「ォン、まーた変なお面でも売りに来たんかい。憑き物付きはやめておくれよ。宿の評判がさがる」
「もー、キミは失礼だな!今日は無知でアホな子、カゲロウくんの為に安倍晴明について聞いてるんだよ!」
「あべのせいめぃ〜?随分懐かしい名前じゃないか。転生もせずに天敵と言われているあたしらの世界に留まってる、大馬鹿の名前だねぇ」
「天敵と言われている?」
カゲロウが尋ね返せば、ケラケラと笑い声を上げ玉藻前は人差し指をだす
真っ赤なマニキュアの塗られ、手入れの行き届いた綺麗な手だ
「そぉさ!式神を操り鬼や妖怪と戦った偉大な陰陽師様なんて人間界じゃ言われてるがね。
実際のアイツは見た目はいいが、臆病だよ。所謂草食系男子ってやつかね?妖怪すら喰わんさ!」
「はぁ、草食系男子……」
玉藻前の声に惹かれたのか、周囲にはこの宿に泊まっている妖が集まってきている
安倍晴明を見た事のあるものはそうだそうだといい
見たことの無いものはまだ見ぬ晴明に想像を膨らませる
「あいつ、転生したくないからここに留まってるのさ!また生まれ変わっちまったら、偉大な者として死んだ威厳を守れないとか言ってね。引き篭もってんだよ」
笑いを堪えることもせず玉藻前は赤裸々と言葉を紡いでいく
1度もあったこともないがカゲロウの中で、何となくの安倍晴明像が崩れていくのを感じた
偉大な人間も苦労してるんだな、というのがカゲロウの結論だが
お面屋も隣でうんうんと頷いている事から、玉藻前の言葉は嘘ではないのだろう
ゴソゴソとお面屋が安倍晴明のお面を取り出して、玉藻前に見せてやれば彼女は心底嬉しそうな顔をして(ニヤけているとも言う)お面をじっくりと見回す
「こりゃあ、最高じゃないか!そうそうこんな顔だ!見た目だけはいいんだよ。威厳もあって黙ってりゃ恐ろしい偉人のままさ。
けれど、あいつの顔が怖いのはあいつが妖にビビってるからって知ってれば笑い話にしかならんさ」
「安倍晴明のお面なんてなかなかレアなんだよ!何処にも売ってないし、晴明も非協力的だから作るの苦労したんだから」
「てことはこれ、あれかい?本人の顔から直接型をとったのかい」
「そーだよ!晴明ったらずっと怖い顔しててさぁ。僕のお面なんて作ってどうするつもりですか!って煩かったんだよねぇ」
(そりゃ、普通お面作らせてなんて言われて、はいとは言わないよな)
可哀想な安倍晴明さん…と心の中で合掌をしたカゲロウはいつか何処かで出会う事があったら一言声をかけようと決める
宿の窓から見える外は随分と薄暗くなってきていた
暗い森の中にあるだけあって、余計に暗くなりやすいしそろそろ戻ろうとお面屋に声をかけ…ようとした
「でも、あいつの能力は本当だからね。あんたら、もし会ったらあんまり刺激しない方が利口だろうね。下級どもなんざパッと消えちまうだろうよ」
今まで晴明を心の中で下に見ていた妖はピタリと黙り込んだ
外からは梟の鳴く声がホーホーと虚しく室内に響いている
「さ、散った散った!」
「僕らも帰ろうか、カゲロウくん」
チラホラと広間に妖はいるが先ほどの比ではない
ひっそりと薄暗くなっている廊下の先に和服の20代ぐらいの青年が歩いていた
他の妖に出会わないようにキョロキョロ何度も周りを見たわす姿は確実に怪しいが、この人物こそ
本人の知らぬところで話題に上がった安倍晴明だった
はぁと一つため息を落としながら宿の一番端の部屋に向かって行く
「この前は酷い目にあった……。どうしてお面屋さんはああも強引なんだ。
今どき草食系男子は流行らないとか言うけれど、僕は別に野菜ばかり食べる訳では無い。
寧ろ妖たちこそ人の食べ物を見習うべきだろう……。
一昨日は誰かが掘った穴に落ちたし、昨日は風が強く吹いて部屋の書物をぐちゃぐちゃにしてしまうし、どうしてこうも僕は不運なんだ。そもそも全部……。」
ブツブツと着物の袖で口元を隠しながら、若干やつれた顔をした晴明は何も無い床に躓いて転んだ
ゴテンッ
顔から床に落ちた晴明は5秒ほどそのまま停止すると、むくりと起き上がる
「これくらいじゃ、僕はめげないからな。一体どこの誰が僕の不幸を望んでいるのかは知らないが、僕の不運は生前から故、生温いものではめげないぞ」
若干赤くなった鼻を啜りながら、晴明は立ち上がり再び歩き出す
今度は先程よりゆっくりと足元を確認しながらだが
「ええい、ままよ!僕は早く部屋に籠って芥川龍之介の河童を読むんだ。」
現代文学は楽しいんだ!
誰に宣言するでもなく独りごちる晴明の後を小さな真っ白い狐が付いていく
無事に部屋についた晴明は、読む本が見つからず積み上げた物が崩れ、下敷きになるのはまた別のお話
第二咄 お面 安倍晴明