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クレージー右京  作者: 不二原 光菓
大奥暴走編
96/110

今回、BL気味……。

「死んでいるのか?」

「わからん、砂糖には防腐作用があるから死体を保存するために使用しているのかもしれないが――」

 さすがの右京も人が漬けてある砂糖を食べようとは思わないらしい。舌打ちをして周りを丹念に調べ始めた。

 並んでいる棺は、全部で七つ。

「お八重、おみつ、おきく……」

 失踪した女性達が、並んでいる。

「とりあえず人を呼ぼう」

 と、お袖がもと来た道を引き返そうとした時。

 戸の向こうから何やら足音が。

「まずい、どこかに隠れよう」

 二人はこの部屋の奥に扉を見つけ、そこに飛び込む。幸いにしてそこは物置として使われている小部屋らしく、行き止まりとなっていた。

 お袖と右京は耳をぴったりと扉に押し付ける。

「ここは、無事だったか」

「それにしても、あのおさなという娘、何者なのだ」

「やっと捕まえたようだが、首領に責められていつまで持つやら」

 おさな。

 右京の目が大きく開かれる。

「もう、行くか」

「ああ、何度見ても気色の悪い棺桶だ」

 足跡が遠ざかって、辺りには静けさが戻った。

「おい、おさなはお前と同部屋の娘ではないか?」

 お袖がそっと小声で右京に尋ねる。

「あいつ、夕飯を持ってこないと思ったら。敵の手に落ちていたのか」

 右京は腕組みをしてじっと考え込んでいる。

「それにしても大奥の地下にこんなものがあるとは。お京、これは一体なんなのだ」

 お袖が尋ねる。

「見当もつかん。が、大切な砂糖に人を漬ける奴なんぞ、私が甘味の神に変わって成敗してくれる」

 右京の目の色が変わっている。

 目の前の宝の山がすべてたんなる防腐剤になっているのだ、無理も無かろう。

「頼もしいではないか。で、どうやるのだ」

「この私に解決できないことは無い。甘味の神よ、我に力を――」

 と言いかけて、右京の言葉じりは掻き消えてしまった。

「だめだ、砂糖が無いと頭が回らん」

「がんばれ、大丈夫だ」お袖が右京の肩を揺り動かす。

「この砂糖棺(さとうかん)に使われた、砂糖の残りがきっとどこかにあるはずだ。それを食べれば、お前から神をも恐れぬ発想が生まれるはず」

「そ、そうか。砂糖がまだあるはずだな」

 人声が無くなったを確認し、二人はそっと部屋を出る。

 その時。

「こ、これは」

 右京は足元に転がる細長いものを手にして立ちすくむ。

(かんざし)ではないか。砂糖漬けにされた娘のものが落ちたの……」

「違う」

 お袖の言葉を遮って、右京は首を振る。

「これは、私が買ったものだ」

 右京は震える手でお富に買い与えた簪を握りしめた。




 指先までぴんと伸びた白い手が、茶杓を軽快に回す。茶色の泡は瞬く間に細かく盛り上がり、表面の濃い緑を覆い尽くした。

「いくは、そなた庭を歩いてみないかい」

 中年寄りの深山は、茶筅を立てるとぼそりとつぶやいた。

「後ろ盾の月山が居なくなって、一人で心細かろう。そなたは才のある美しい女だ。上様も、きっと――」

 深山は意味ありげに言葉を切ると、抹茶椀をいくはの方につっと押し出した。

 押しいただいて、いくはの赤い唇が抹茶椀に触れる。

 つっ、と飲み干して椀を置くと、いくははゆっくりと頭をさげた。

「身に余る光栄でございます」

「おお、歩いてくれるか」

 将軍が大奥に来る機会を見計らって、豪奢な衣装を着て庭を歩かせる。さりげなく偶然を装うこの「御庭御目見」と呼ばれる行事だが、実は大奥側から将軍へ側室候補の顔見世であった。

 もちろん、側室に迎えられた暁にはその後ろ盾となった年寄りにそれ相応の便宜を図ると言うのが暗黙の了解である。

「本来なら、月山殿のご推挙が望ましいのだが、一体どちらに行かれたやら……」

 眉をひそめて、宙を仰ぐ深山。

 しかし、その目は急に繊月のように細くなり、刺すような視線がいくはに向けられる。

 しばらくの沈黙の後。

「いくは、何があったのかその方は知っておるのではないか?」

 月山なき後、今一番の力を持つ中年寄が低い声で呟いた。

「い、いえ、滅相もございません」

「まあよい、そなたの不思議な出汁の虜がここにも居る。毒を喰らわば皿までじゃ。だが、私はあのお方ほど腑抜けてはおらん。わかっておろうな」

 深々と頭を下げるいくは。

 胡散臭い娘だが、我が味方に取り込んでおくに越したことはない。丸く結い上げられたその頭を見下ろしながら、深山はうっすらと口角を上げた。




「空腹時を避けて、食後に飲め、か。しかし、まあ面倒くさいことだ」

 殿は露草堂が差し入れた女性に化ける薬を口に入れて、ごくりと飲みくだす。

「何、飲んでるんだいっ」

 雷のような声がして、御三の間の頭おきみがほうきをもって殿の前に仁王立ちになった。

「い、いや、持病の癪が」

「何が癪だよ、人一倍元気に食べて出て来たくせに。仕事を怠ける言い訳は聞き飽きたんだよ。こそこそ飲んで怪しいね、一体何の薬だい。およこしっ」

 おきみが殿のもった小袋に手を伸ばす。

「い、いや、これは他の方が飲むと毒でして」

「ふ~~ん」

 右目を細め、おきみが顔をしかめる。

「それは、痩せ薬、じゃないのかい。あんたは際限なく食べる癖に、すらりとした細身で、前々からなんか薬を飲んでんじゃないかと思ってたんだけどね」

 俵のような体系のおきみが箒をどん、と床に付く。まさに、地獄の鬼の様相だ。

「そんな訳、無いじゃないですか」

 暴力に弱い殿は、震え声で後ずさる。

「ちょっと、あたしにも試させてみな」

「だから、これは、癪の薬――」

「隠しても駄目だよ」ほうきが振り上げられた。

「ぎゃああああ」

 取られて万が一薬の正体がばれては大変。逃げながら殿は袋の中身を丸ごと口に放り込んだ。

 ざらざらざらざらっ。

「残念でした。もう、あ~りませんよ~~」

 あかんべーをする殿。おきみは悔しげに、舌打ちをする。

「ま、ゆっくり効力が続く薬だから、さほど気にすることは無いだろう……」

 殿は、鼻歌を唄いながら憤怒の形相のおきみに背を向けて、持ち場のぞうきんかけに歩き出した。

 喉を飛び越えた錠剤は、次々と胃の腑に落ちていく。

 そして胃の中で溶け広がる。ゆっくりと、そして確実に。




 どさりと固い床の上に乱暴に放り投げられた左内は、そのまま人形のようにごろりと転がった。身体の動きは、まだ蜂の毒で封じ込められたままである。

「お前は、そこらに居る凡百のくノ一とは違うらしいな」

 縛った手首を右手で押さえると、首領は左内の上にいきなり馬乗りになった。

「痛みだけではお前の口を割ることはかなわぬだろう」

 左手で左内の白い首筋を撫でる。

 抵抗するように身じろぎするが、はね返す力は無い。

「このきれいな肌に傷をつける前に、別な責めでその口を開いてもらおうか」

 すでに長襦袢となったその姿が、一筋の蝋燭の光で映し出される。

 濡れたみだれ髪、そして身体に張り付いた襦袢からむき出しになった細い足が艶めかしい。男の手が、抵抗できないその顎を掴んで自分の方に向けた。

「くノ一ならば、その方面にも通じているはず。お前の兄には煮え湯を飲まされた。そのぶん、楽しませてもらうぞ」

 言葉とともに、左内の唇が塞がれる。抗おうと首を振るが、万力のような力で固定された顎は一寸も動かない。

 口元からたらりと液がこぼれた。

「痛みも、そして快感も増幅する薬だ。いや、快感も苦痛になるくらいのな」

 吐き出そうとむせる左内をあざ笑うかのように液体がひんやりと喉を伝わっておりていく。

「お、お前なんかに……」

「いい目つきだな。抵抗されない狩りなど面白くは無い」

 猛獣が獲物を物色するように、左内の顎をひねる。

 白い首筋が露わになって――。

「この世界、腕っぷしが強いだけでは渡っていけぬ。相手を籠絡するのも、また忍びの術の一つ」

 厚い唇が、滑らかな首筋を這っていく。

 獲物の身体がびくりと震えるのを見て、首領の目がギラリと輝いた。

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