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クレージー右京  作者: 不二原 光菓
ドリアン騒動
8/110

その8

「一体、お前は何を考えているのだ」

 忠助は息を切らしながら、昨夜弟が酔い潰された料亭の前で立ち止まった。

 このあたりは湯島天神の門前町で芸者置屋や待合茶屋が軒を並べている仲坂という場所である。普段はにぎやかな場所なのだが、朝一番の時の鐘も鳴らないような時刻とあって町は今だ眠りのなかである。

 この坂をドリアンの種を探しながら下を向いて行ったり来たりしている忠助は非常に機嫌が悪い。かっこんで食べた朝ご飯の炊き出しの握り飯がまだこなれずに鳩尾のあたりで(つか)えている気がする。彼は、あくびをしながら歩く傍らの弟をじろりと睨んだ。

「藩の一大事にこのようなところで遊興するとは」

「それにしても、なんで狙われたのかなあ……」

 兄の怒りはどこ吹く風、と忠太郎は首を傾げる。

「おおい」

 坂の下から二人を呼んだのは、御家老様と鶏を抱えた右京であった。

 夜が明けた直後から空と地上両方からドリアンの種子の探索が始まっている。藩士たちのみならず、例の鷹姉妹やおけいまで総動員しての大捜索だ。

 このような藩を上げての大騒動に、働き者の左内が睡眠をとっていようはずはなく、頬はこけ、顔色はますます透き通るように白くなっている。

「見つかったか?」

 力無く首をふる忠助と忠太郎。

「私、よく考えてみるにこの料亭で酔い潰された後、懐の金は確かめましたが、ドリアンの種のことなど思いも至りませんでした。もしかしてその時点でドリアンの種はすり取られていたかもしれません……」

「しかし、あれがドリアンの種などと知っているものは我が藩の少数の人間以外居ないはずだ。酔っぱらって話してしまって相手に種を取られたとはいえ、お前をなんで誘い出す必要があったのか」

「火事の原因を探ろうとしたのかしらね」

 おけいが口をはさむ。

「いや、忠太郎が誘われたのは、火事が起こる前の話だからな。それとも忠助に何か訳が……」

「何度も申し上げていますが、私は女性(にょしょう)を助けた覚えも、恨まれる覚えもありません」

 痛くも無い腹を探られるのは心外だとばかり少年が頬を膨らませる。

「我が藩への恨みがあって、もともとなにか突っ込みどころが無いか探っていたのかもしれんな」

「我が藩への恨み……」

 殿の女性関係がらみなら星の数ほど思い当たるところがある、と左内は遠い目で空を見上げる。

「そう言えば……」

 忠太郎がつぶやく。

「あの御侍様は、なんだか慣れた様子で振る舞っていらっしゃいました」

 ひととおり注文してから女中に目配せをする侍の姿が、まざまざと忠太郎の脳裏に浮かびあがる。

「こんな粋な料亭の御常連なんだなあと感心して眺めていたのですが……。御女中と目くばせをして、事を進めていましたし……」

「その侍と女、仲間かもしれないわね」

 おけいが頷く。

「ちょっと早いが、聞いてみるしかないな」

「何か文句を言われれば、この鶏を差し出して詫びを入れればいいしな」

 右京がにやりと笑って、鶏を見る。

「この料亭の今晩のお勧めは焼き鳥かな、つくねかな……」

「何ほざいているのよ、このへっぽこ藩医っ。雌鶏の仕事はね、卵を産むことなのっ」

 ぐさっ。

 情け容赦なく右京の手に(くちばし)が付きたてられて、右京は悲鳴を上げた。




「なんですか、いったいこんなに朝早く」

 起きたばかりなのか、使用人は唸るような声を出してわずかに戸をあけた。朝っぱらから大きな音で戸を叩かれたのも、その不機嫌に拍車をかけているようだ。

「御無礼する、私は美行(みくだり)藩江戸留守居家老、片杉左内と申すもの。実は火急の用がある。御主人と面会したい」

 そこに立っていたのが、まるで焼け出されたかのように薄汚れてはいるがけっこう立派な刀を下げている武士、その上家老と名乗っているので、その使用人は慌てて主人を呼びに奥に入って行った。

「ま、奥にお入りください」

 左内一行は、奥の立派な座敷に通された。案内する使用人はちらりとおけいを見て何か言いたそうな顔をしたが、一行の気迫におされてそのまま立ち去って行った。

「お前あの騒ぎの中、こんなところで飲み食いしてたのか、不謹慎にもほどがある」

 趣味の良い調度が並べられたきれいな部屋にあらためて怒りがこみあげてきたのか、鼻を膨らませて忠助が首を振る。怒りの中には、若干のやっかみも含まれているようだ。

「まあ怒るな忠助、何事も経験だ。それより忠太郎、よく昨日の事を思い出せ。おい、右京っ何をしている」

 左内は床の間の上の猫の形をした香炉を懐に入れようとする発明家に走り寄ると、襟首を掴んで座布団の上に引きずり戻す。

「お、お前は……」

 左内の両手の拳が小刻みに震えている。

「いやあ、珍しい物質だったもので思わず懐に入れかけてしまった」

「美行藩の一行を部屋に上げたら、部屋の調度が無くなったなんて噂がたったら、どうするんだ、恥ずかしい」

 これ以上、面倒を増やすのは止してくれ、と左内は心の中で絶叫する。

「ま、これだけ世間を騒がしていれば、ちょっとやそっとの恥の上塗りはどうってことないかもしれないけどねえ」

 おけいがつぶやく。

「ごめんくださいませ」

 声とともに部屋の戸が開き、仲居がお茶を運んできた。地味な赤紫色の矢絣(やがすり)の着物を着た、はっきりした顔立ちの目の鋭い女。

 と、その顔を見て忠太郎の顔色が変わる。

 まさにそれはあの侍と目配せをしていた仲居であった。

 声を上げようとした忠太郎を左内が目で制す。

 女は型どおりに茶をすすめると、お辞儀をして部屋を出て行った。

「さ、左内様……」

 わかっている、と左内は忠太郎に頷き返す。今の女、余りにも身のこなしに隙が無かった。かなりの域に達した武芸者である左内には、あの女がただ者ではない、ということがその一挙一動から伝わっている。

 ほどなく左内一行の通された座敷に、服を着込んだばかりといった態の主がばたばたとやって来た。

 肉の付いた身体を揺らしながら慇懃にふるまう白髪の主だが、福々しい顔とは裏腹にその小ずるそうな目つきはいかにも金に敏くて、裏表に通じているといった感じである。

「昨日は、我が藩の尾根角(おねずみ)忠太郎がご迷惑をかけたようで、大変申し訳ない」

 深々と頭を下げる、左内に主は困ったように声をかける。

「もったいない、御家老様お顔をお上げください。それより」

 主は上目使いで、頭を上げた左内の目をじっと見る。

「このような早朝に謝罪とも思えませぬが……」

 言外に無礼だと言っている主人の物言いに左内の頬が赤く染まる。慇懃にふるまいながらも、心理戦では初っ端に相手の心に一歩踏み込んで圧力をかける。老獪な相手のペースにはまらないように、左内は唇を噛みしめた。

「全く申し訳ない。実はこのものが所持していた大きな白い種が昨日から見当たらないのだ。御主人、お心当たりはないか」

「は? 種、ですか?」

 怪訝そうな表情で尋ねる主人。

「こんなに朝早くからお探しになっているところを見ると、珍しい種なのでしょうか?」

 茫洋としているように見せかけて、きっとその頭の中はどうにかしてその情報を利益につながらせようと、そろばんが忙しく弾かれているのだろう。どうしたものか、と迷った上で左内が口を開く。

「南蛮渡来の果物の種で、我が藩としては大切な物なのです」

「残念ですが……」

 主人の目の奥がギラリと光る。

「もちろん、見つけてくださった折には(ただ)とは申しません」

「藩の方々が血眼になってお探しの、その種。さぞかし高価なものなのでしょうねえ」

 口元に浮かび上がる、薄笑い。

「何か、御存じなのですか」

 思わず、焦りを顕わにしてしまう左内。いくら万事抜かりなく物事を進める、有能な御家老様と言えど、まだ二十歳にも満たない青年である。生き馬の目を抜くお江戸で、裏と表の境目を生き抜いてきた百戦錬磨の主の掌の上に乗せられるのも無理はない。

「さあ……、私どもが部屋を片付けた時には何も残っておりませんでしたが」

「時に、御主人」

 いきなり右京が話に割り込んできた。

「あの香炉、どこで手に入れられた?」

 主人の目が射抜くように右京を見る。

「あの香炉にあしらわれている猫目石は、日の本では産出しないはずのもの」

 右京が、にやりと笑って主人を見つめる。

「元をたどれば、思いがけない所にたどり着いたり……するかもしれないなあ」

 主人の顔色が一瞬変わる。しかし、すぐ何事も無かったかのように、主人はにっこりといかにも愛想のよい好々爺のように微笑んだ。

「わかりました。何かあれば、すぐご報告いたしましょう」

 左内は深々と頭を下げた。

 そのとき、いきなり右京がぽん、と手を叩いて声を上げる。

「そうだ。お詫びと言ってはなんだが御主人、この鶏を差し上げよう。ひねてはいるが、煮てもよし、焼いても良し。しかし、何と言ってもこいつの生みたての卵は極上の味だ」

 右京がおけいを差し出す。

 手の中でばたばたと暴れる鶏。その目は思いっきり右京を睨んでいた。

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