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クレージー右京  作者: 不二原 光菓
ドリアン騒動
7/110

その7

 上限の月から4日。冴え冴えとした月明かりに追い立てられるように、籠は結構な速さで進んで行く。周りを囲むようにして黒っぽい忍者装束に身を固めた集団がひたひたと籠に付き従った。

 籠は何度か大きく揺れていたが、担ぎ手の足取りは揺らごうとしない。無駄とわかったのか、ひとしきり暴れた後に籠はぴたりと静かになった。今のうちとばかりに一行の足取りは一層速さを増す。

 しかし。

 土手に差し掛かかったところで、狙ったかのようにひときわ大きく籠が揺れた。しばらくおとなしかったため油断していたのだろうか、籠を前で担いでいた男がよろめき、籠が横倒しになる。籠はごろごろと土手を転がり落ちて、中から忠太郎がころげ出た。

「ええい、逃すな」

 器用にも縄抜けをしたのか、少年は土手の中腹で立ち上がり、一気に河原に駆け下りた。手足には縛られていた縄がまだ絡まっている。猿ぐつわは自由になった手で口からずらされているが、全速力で走っている今、口は息をするのに精いっぱいで助けを呼ぶ余裕はない。

 さすがにいつも菓子の盗み食いで鍛えているだけあって、忠太郎の逃げ足は速かった。

 しかし、所詮は子供である。ほどなく黒装束の男たちに追いつかれると、肩を掴まれ、引きずり倒された。

「静かにしろ」

 黒ずくめの男が脅すように忠太郎に小刀を振り上げた。鈍く光る(やいば)を目の当たりして、忠太郎は凍りつく。

 その時、男の背後で何かが風を切った。

 覆いかぶさるような風圧を感じたと同時に男の手に激痛が走る。小刀が宙に浮き、草むらの中に落下していった。

 慌てて立ち上がり、再び河原をひた走る忠太郎。

 逃がすものかとばかりに忠太郎に追いすがった男が顔を押さえて(うずくま)った。

「なっ、なんだ」

 そこかしこで、忠太郎を追おうとした男たちの悲鳴が上がる。

 羽音とともに闇の中で光る6個の金色の目。

「抵抗すると、お次は目を狙うよ」

 闇の中、少女のような高い声が響き渡った。

「言っておくけど、あたし達は冷酷無比だよっ」

 他の方向からも、からかうような声。

「地獄からの美しき使者、見参!」

「この(あやかし)め」

 刀を振り回した男が呻きとともに膝を折る。

「ええい、何奴っ……」

 声の方向を見た、黒装束の男たちは絶句する。

 頭上の木の枝に三連(みもと)のオオタカたちがじっと男たちを見ながら止まっていた。忠太郎は助けを求めるかのようにその木の下に走り込む。

「ま、まさか鷹がしゃべった……」

 目を丸くして動きを止める男たちに、枝の真ん中に留まったオオタカはまるで見栄を切るかのように羽を広げて見せた。

「知らざあ、言って聞かせやしょう」

 翼は広げると四尺(約1.2メートル)はあろうか、美しく整えられた、青みがかった黒色の羽が月明かりに光る。中央の鷹は羽の一部に金色の模様が入っている。薄い横縞の入った白い胸を張って、鷹たちは名乗りを上げた。

「日の下に美しき鷹は数あれど、金襴の羽を持つのは我一居(ひともと)。まばゆき光は正義の光、我が名は美鷹(みたか)っ」

「日の下に気高き鷹は数あれど、仁徳天皇に仕えし気高き血筋の我に(かな)うものは無し。我が名は貴鷹(きーたか)

「日の下に舞い踊る鷹は数あれど、我は頭も舞い上がる。良くも悪くも侠気(きょうき)乱舞、我が名は舞鷹(まいったか)

「我ら若鷹(わかたか)三姉妹」

 3羽の鷹は声を合わせてそれぞれに見得を切る。

「お前ら、日光東照宮のサルかっ」

「なんですって、キーッ」

 首領と思しき男の突っ込みに逆上したのか、彼女たちは突然飛び立つと男たちに襲い掛かる。

 石つぶてを投げようとした一人は黒い弾丸のような衝撃を受けて顔を押さえた。

「あたし達、不細工な男どもには容赦はしないのよ」

 男を攻撃したオオタカは美しい放物線を描いて再び枝に留まる。

「こ、この化け物鳥どもめ」

 首領が、オオタカたちを睨みつける。

「ば、化け物ですって、ひいいいいっ」

 化け物呼ばわりされたのがよほど悔しかったのか、容姿命の美鷹が声を上げる。

「許せませんわ、あの男」

 プライドの高い貴鷹が声を震わせる。

「この美貌と知性、そして洗練された体躯……、人間ふぜいに馬鹿にされてたまるものですか」

「お任せください、お姉様たち。私が奴をぐっちゃんぐっちゃんに(ほふ)ってやりますう」

 すでに頭が沸騰して舞い上がっているのか、首領めがけて一直線に飛び掛かる舞鷹。

 男の剣を華麗にかわすと、鋭い爪で頭にかぶった頭巾を切り裂く。

 と、月の下に現れたのはきりりとした濃ゆい眉毛と、大きな目がいい具合に釣り合った苦み走った精悍な顔であった。

「ああっ」

 舞鷹の悲痛な叫びが上がる。

「な、なんていい男なのっ」

 慌てたのか、ふらふらとしながら姉たちの留まる木に戻る舞鷹。

 姉たちも舞鷹が攻撃した男を見て、絶句する。

「まずい、いい男だわ……」

 訳はわからないが、攻撃の手を緩めた鷹たちに気が付き、男たちがじりじりと忠太郎に間合いを詰める。

「どうしたんだよ、早くぐっちゃんぐっちゃんに(ほふ)ってくれよーっ」

 羽で身体をすりすりしながら、もじもじと顔を見合わせる鷹達。

「び、美形は好きなのです――」

「な、何血迷ってんだ。この切羽詰まった状況を見ろよ、馬鹿鷹三姉妹っ」

 忠太郎の叫びに鷹達の(まなじり)が吊り上る。

「ば、馬鹿ですって。あんたのために、眠いのを我慢して飛んできてやったんじゃない。睡眠不足は美容に悪いのよっ」

「だいたい藩邸が燃えたのも、あんたが悪いのよ、悔い改めなさい」

「失礼しちゃうわ、それ以上私達を怒らすと、あのいい男のほうに味方するからねっ」

 今にも飛び立とうとするオオタカ達。

 女心と秋の空。気が変わりやすいのは乙女の習いというが、この鷹の脳回路はとことん煮詰まりすぎた女性脳のようだ。

「鷹殿は、拙者がお気に入りか」

 忍者頭巾のとれた黒装束の男はにやりと笑って間合いを詰める。

「美形が弱点、とそういうことか」

 男は振り向きもせず、いくつかの数字を低い声でつぶやく。

「脱げ」

 その声とともに、数人の男たちが頭巾をかなぐり捨てた。

「ひいいいいいっ」悲鳴とも、嬌声ともつかぬ叫びが木の上から響く。

 頭巾を抜いだ男たちの顔はそろいもそろって、震い付きたいくらいのいい男。首領と同じ系統の精悍な顔から、知的な美男子、なんと可愛い系まで各種取り揃えている。

 そして彼らは、あろうことか合わせから両腕を抜きその鍛え上げられた上半身を惜しげもなく露出させた。かどわかしという任務の性質上、身体を軽くするため経帷子は着込んでいない。

 悶絶する鷹たち。完全に戦意は空の彼方に飛び去ったようだ。

「おいっ、この馬鹿鷹、いや、美しき御鷹様たち助けてくれよっ」

 戦況の不利を感じた忠太郎は懐から紙包みを取り出す。

「か、金だ。ここに金があるっ。紅でも、鈴でも好きなものが買えるぞ……」

「今の台詞って、追い詰められた悪役の台詞だよ。美しくないねえ」

 美鷹が溜息をつく。

「お前、見損なうんじゃないよ。金だけで女が動くと思うのかい」

 貴鷹が叱りつける。

「そこには3両しかないって、御見通しだよ。だって、あんたが籠から落としながら来た小判を拾ってここにたどり着いたんだからね。せめてもう数両あればねえ……」

 思わず本音を漏らす舞鷹に姉たちの鋭い視線が向けられる。

「まあ、とっつかまってしばらく痛い目に遭うといいよ。そこそこのところでまた助けてやるからさ」

「そりゃないぜ、美鷹――っ」

 半泣きの忠太郎。

「ふん、なかなか物分りのいい鷹どもだな」

 首領が木の幹を背にしてへばりつく忠太郎に手を伸ばした時。

 低い風切り音、と、ともに首領の剣が一閃し、(つぶて)をはじき飛ばした。

「新手かっ」

 月の光を背にした、すらりとした人影が現れた。

 振り返った忠太郎の顔が輝く。

「待たせたな、忠太郎」

 涼やかな声とともに、抜かれた白刃は、光をも切らんかというほどの鋭さで黒装束の男たちに向けられる。

 その隙の無さに、動きを封じられる男たち。

「左内さまあああああっ」

 よく見ると月の光よりも青い顔の青年の後ろに、忠太郎が逃げ込んだ。

 凍りついたような間を崩そうとばかりに選抜美形集団を先頭にして黒装束の男たちが、左内に斬りかかる。

 しかし、左内は斬燃(ざんねん)夢然(むねん)流の免許皆伝。必要最小限の滑らかな動きで次々と敵を峰打ちで昏倒させてゆく。

「ああ、いい男すぎて眩暈がする~~」

 鷹たちは左内の動く方向に右左と顔を向けながら、うっとりと見つめている。

 多勢に対して、向かうは左内一人。さすがの彼も疲れて来たのか、取り囲まれることが多くなった。

「はっ、こうしてはいられないわ。御家老様、加勢いたします」

 我に返った美鷹が枝を飛び立ち、男たちに攻撃を始めた。すかさず妹たちも後に続く。

 やがて東の空の闇がぼんやりと薄くなってきた。

 そして気の早い一番鳥の鳴き声が響く。

「ひ、ひけっ」

 首領の合図とともに黒装束の男たちは籠とともに、いまだ深い闇の中に消えて行った。

「げほっ、げほっ」

 敵が行ってしまったのを見て、右京とともに草陰から顔を出したのは、おけいだった。

「あたしゃ、雄鶏(おんどり)じゃないんだよ。雌鶏(めんどり)に朝の雄叫び(たけび)をさせるなんて、鶏使いの荒い……」

 咳き込みながら、ぶつぶつと文句を垂れるおけい。

「助かったぞ、おけい。文字通り鶏鳴狗盗(けいめいくとう)だな」

 左内の笑顔には、さしものこのひねくれもの鶏も弱いようである。

「ま、孟嘗君の故事をまねることができる鶏なんてあたし一人だわね」

 そうつぶやくと黙ってしまった。

「左内様、ありがとうございます~~」

 今度ばかりは、殊勝に頭を下げる忠太郎。

「おい、おまえ持ってるんだろう。ドリアンの種を出せっ」

 右京が忠太郎の胸倉をつかむ。

「他の種は焼けてしまった。あれが無いとドリアンが育たない。お前の種が藩の命運を握っているんだ」

「お任せください」

 にっこりとして懐に手をやった忠太郎。

 だが。

「な、無い――っ」

 今だ明けやらぬ河原に忠太郎の叫びが響きわたる。

 美行藩の先行きもまた、今だ明けぬ闇の中であった。

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