その7
「ど、どちらに行けばいいのだ」
当たり前のように右京から爆弾を渡された左内は顔を左右に振って立ちすくむ。
その間にもだんだんと爆弾は大きくなっており、最初は一寸の1/3より小さかったものが、半寸近くなっている。
「目指すは口か、肛門か……だが」
右京は目を閉じた。
「近いのは口だが喉をその爆弾が通過するかが問題だ。腸は比較的大きいし、肛門も広がるだろうが、大腸と小腸の境目で引っ掛かるかもしれんなあ」
「早くしろ、爆弾を探すのに手間取ってしまったから時間はほとんどないぞ」
右京は頭上を指さした。
「胃に行くぞ、やはり肛門はちょっと抵抗があるしな」
「もう、きれいだの汚いだの言ってる場合ではない。胃に向かって何とか算段できそうなのか?」
「……食べ放題」
「はあ?」
「菓子食べ放題がいいな」
左内の目が点になる。
「成功報酬の話をしておるのだが」
「ええい、馬鹿者っ」
左内は血走った目で、右京の顔に爆弾を押しあてる。
「現実を見ろっ、粉々になってからでは甘味を味わうどころではないぞ」
視界を爆弾で塞がれ、さすがの右京も黙り込む。
「……いいか、食べ放題は高すぎる。羊羹2本だ」
「お前もどさくさまぎれに値切ってるじゃないか」
爆弾を抱えて胃の方に向かう幼馴染の後姿を見て、右京は悔しそうにつぶやいた。
十二指腸から胃に向かうところの屈曲をなんとか手と足で広げながら通過。そして爆弾に刺激を与えないように細心の注意を払いながら、ぎりぎりで胃と十二指腸をつなぐ小さな穴から爆弾を通した。
「や、やっと胃に着いたぞ」
その瞬間、左内の手からつるりと爆弾が滑り落ちた。幸い柔らかい胃の粘膜のおかげで爆弾は軽く弾んだものの、そのまま爆発せず着地した。
爆弾はすでに一寸近くなっている。さすがの左内も自分より大きくなった爆弾を抱えるのは限界だったようだ。ただ、胃は大きく揺れ始めており、左内は慌てて下に置いた爆弾に覆いかぶさるようにして、遠くに行くのを防いだ。
右京が尾根角兄弟に指令したのか、管からハッカ水が流れて胃の動きが落ち着く。そして空気が送られて、胃の中はパンパンに張ってきた。
「予想以上の増大だ。もう、喉から取り出すのは無理だな」
右京の一言に、左内の顔が青ざめる。
「ここに来て、私の勤労意欲が低下しつつあるのだ」
ちらん、と右京が左内を見る。
「よ、羊羹、3本ではどうだ……」
「4本にしろ」
悔しそうに頷く左内を見届け、右京は叫んだ。
「忠助、忠太郎」
「はあああい」
腹の外から、かすかだが尾根角兄弟の声が響いてくる。
「雨戸を閉めて部屋を暗くしろ」
ドリアンコウを介しても彼らに指令が聞こえている。すぐさま忠助の答えがかえってきた。
「これから、ど、どうするのだ、右京?」
「腹をさばく」
「なんだってえっ」
胃の中に左内の叫びがこだまする。
「ご、御主君を切腹させるなんて、そんなこと……」
「この石頭。誰が切腹って言った。羊羹分の働きはするから、助かりたいなら黙って見ておけ」
一喝されて、左内は黙り込む。
「おい、ドリアンコウども、爆弾が爆発したらお前らも一蓮托生だ。力の限り光りを出せ」
右京と左内の眉間にくっついたミミズのような生物は、ギラギラと輝き始めた。
「忠太郎、外から腹の光が見えるか?」
「な、なんとなく……」
「腹の上から光がありそうな場所を押してみろっ」
忠太郎が殿の腹の上を押すと、暗い部屋の中、指で凹んだ部分が白く光っているのが見えた。
「わかりました、光ってます」
左内の視線の先に、天井がぼこりと下に付き出たところが見えている。
「これが、胃の壁と腹の壁がくっついているところだ。胃と腹の間に肝臓や腸でも入っていようものなら、このように直接的に光が見えたり、押したところが胃の中に突き出て見えたりはしない」
殿は最近食欲が無くごっそりと痩せておられたせいか、光を遮る脂肪も少なく体外から見えやすい。
「その場所を覚えておけよ」
そこから、いくつか光点が体外からはっきり見えるところを忠太郎に指で押させた右京は、忠助に外科用の針と糸を持ってこさせた。
「殿の腹を酒で洗え、そして、さっきの場所から糸を付けた針を突きさせ」
ぶすーーーーっ。
いきなり、左内の上に針が降ってきて、左内は慌てて飛びのいた。
右京は針を掴んで引き寄せる。そして左内に肩車をさせると、胃の方から再び体外に向けて刺しかえした。
「いいか、針を引き抜いてそこを縛るんだ。固く縛ると血の流れが悪くなって、膿んでくるぞ、そ~っとな」
そのまま右京は、4回、まるで繋ぐと正方形の頂点になるように腹壁を縫って行った。
「これで腹の壁と胃の壁が固定された。こうしておけば少々この塗ってくっつけた部分の胃を刺し貫いても、胃液が腹の中に漏れることは無く安全だ」
「それでは、中から爆弾が取り出せるように切開する。左内頼むぞ」
切るのは、正方形の頂点から頂点、対角線が約一寸。
今度は右京が左内を肩車する。
切る場所が定まったら、左内に躊躇は無い。
刀がひらりと一閃すると、一寸強の美しい切り口が出来上がった。
「忠助、網をここから入れろ」
あらかじめ指示を受けていたのか忠助が酒に浸しておいた小さな網を切り口から腹の中に突っ込んだ。
「傷口を広げろっ」
忠太郎が傷を引っ張ってできるだけ穴を大きくする。
ぷしゅうと言う音とともに胃の空気が外に漏れる。
「網をそっと引っ張れ、急ぐな、そっとだぞ」
急ぐな、という割には右京の声は切羽詰って裏返っている。
忠助は、そのただならぬ雰囲気に額に汗を浮かべながらそっと、網を引っ張った。
切り口から血だらけになりながら網が出てくる。その中には一寸ほどの丸い爆弾が入っていた。
網の下にくっついているゴミのような血の塊。
その塊が叫んだ。
「私だ。すぐあの拡大縮小装置のところに爆弾を持っていくんだ。で、私も連れて行け」
忠助が爆弾を持ち、忠太郎が右京を掌に乗せて走る。
「黒罰点のあるところに爆弾を下ろせ」
忠助が廊下の罰点のところに、そっと爆弾を置いた。
爆弾は何やら禍々しく光り始めている。
「壁の青い突起を押せ」
右京が叫ぶ、忠太郎が突起を押す。
青い光が爆弾に降り注ぎ、そして、爆弾は見る見るうちに小さくなった。
ぱんっ。
可愛らしい音を立てて、砂粒のようになった爆弾は破裂した。
「ま、間に合った」
右京と尾根角兄弟はへなへなとそこに座り込んだ。
「お~~いっ」
と、そこに殿の腹の中から情けなさそうな声が響いて来た。
「どうした左内?」
大きくなった右京が悠然と殿の傍らから話しかける。
「傷口の出血は気にしなくてもいい。すぐ縫って止血する。お前はゆっくり出てこい」
「い…、いや……、ち、違うのだ。このぬめっとした化け物が……、おいっ、なんでもいいから早く助けてくれ~~っ」
腹の中では、寸白に巻き付かれた左内が全身にじんましんを浮かべてじたばたとしていた。
「ほう、これが灘奴か」
痛むのか腹をさすりながら目覚めた殿が水槽の中を覗きこむ。
水槽の中には、小さな短冊を横に繋げたような体節を持つ細長い白い虫が、びらびらと漂っていた。
「もう、灘奴の意識は無くなっております。殿の身中に置いておきますと、脳に寄生することもあり、危ないので下剤で駆除いたしました」
「この水槽で長く生きられるのか?」
「いいえ、せいぜいもって一週間かと」
「そうか、不憫なことをしてしまった。私は今日藩邸に戻るから、もうお前とは会うこともあるまいが……愛していたぞ」
殿はそっと、水槽の中の寸白に話しかける。
その米粒のような頭部は、殿を見つめ返すようにじっと殿の方を向いていた。
その夜。
ぴちゃん、と水槽の方で何かが滑り落ちるような音がした。
ずるり、ずるり。
細長い物がよろよろと廊下をはって行く。
そして……。