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クレージー右京  作者: 不二原 光菓
寸白(すばく)
65/110

その4

「まずい方の寸白(すばく)、というと」

 まるで河童のような頭部を正視できずに、左内は顔を背けながら右京に尋ねる。

「虫の身体を傷つければ、卵が体内に出て幼虫になり、全身に散らばるのだ。特に、奴らは脳を好み……」

「ううっ、もう止めてくれ」

 嬉々として離し始める右京を制し、左内は後ずさりする。

「まあ、相手がわかったからには、長居は無用。早く帰って虫下しを……」

 その言葉が終わらぬうちに、頭部が一閃して右京の身体をなぎ倒した。

 十二指腸の柔らかい壁に叩きつけられる右京。

 大丈夫か、と駆け寄った左内は思わず刀を抜こうとする。が、

「ダメだ、左内。卵が散らばる」

 右京の叫びに慌てて左内は束から手を離した。

「大丈夫か、逃げるぞ」

 右京に手を差し伸べたその時、彼の首の周りに何かがぬるりと巻き付く感触が走った。

 おそるおそる顔を横に向けると。

「わああああああああああっ」

 彼の視界いっぱいに、あの無表情な頭部がぺっとりとギヤマンの被り物にくっついている。

 全身を硬直させる左内。

「あんたが左内だね」

 右京とは違う声が聞こえて、左内の目が丸くなる。

「お、お前が話しているのか」

 揺れる頭がどことなくにっこりとした気がして、左内の背筋に悪寒が走る。

 この虫には思考がある。十二指腸の襞のなかでへたり込んでいる右京が眉をひそめた。

「あたしは、いとしい殿の体内が気に入っているのさ。あんた達を無事に体の外へは出させやしないよ」

「む、虫のくせして人語が話せるのか」

「そうだよ、だってあたしは……」

 頭部に付いた吸盤が言葉を渋るとともに、まるで眉間に皺をよせるように変形した。

「人間だったんだからねえ」

 右京と左内、二人とも虫の発言に言葉を失っている。

「に、人間がどうして虫になって、殿の体内に居るんだ」

 しばらくの沈黙の後、ようやくかすれた声で左内が問いかける。

「あたしは深川の『(なだ)奴』としてちょっとは知られた芸者だったんだよ。そこにここの殿が来られてね」

「ああ、またこの展開か……」

 左内は頭を抱える。

「一夜の遊びに火がついちまってねえ。おっと、火がついちまったのはあたしの方だよ。殿が帰られてからも、あの人との一夜が忘れられないで、八方手を尽くして素性を調べてみるとなんとあたしなんか手の届かないお人。一瞬でも添いたいと思った私が馬鹿だったとこの身を(はかな)んで何も食べずに泣き暮らしているところに、ひょんなことで知り合った人から、それほど愛しいのなら卵にしてやるから虫になって身体に住めばいいと持ちかけられたんだよ」

「きっと、アイツだな」

 左内の頭には、平賀源内の人間味の少ない鋭い目が浮かぶ。

「お前は良いように使われているだけだ」

「それでもいいんだよ」

 虫は叫ぶ。

「お前は苦しい恋をしたことがあるかい。焦がれても焦がれても、手の届かない恋。この身が焼け焦げそうに辛くて切なくていっそ相手とともにこの世からいなくなってしまいたいというくらいの」

 色恋を問われても左内は困るだけである。

「残念ながら、私には恋の経験というものが……」

「きれいな顔をしているのに残念だね。あんたが相手だったら、あんたに焦がれていたかもしれないね」

 いや、虫の姿でそんなことを言うのは止めてくれ。吸盤がじっと自分の方を見ている気がして、彼は思わず目を瞑る。

「そこの片割れ、逃げるんじゃないよ。逃げたらこいつがどうなっても知らないからね」

 左内に巻き付いた白い身体に力が入り、彼の首を絞めつける。

 虫の注意が左内に向けられている隙に胃に向かおうとした右京の足がぴたりと止まった。

「いざという時のために、あたしは爆弾も持ってるんだからね」

「爆弾だって」

 右京と左内が同時に叫ぶ。

「そうさ、本物の爆発する爆弾だよ。もって入った時は卵だった私と同じくらいの大きさだったけど、日々大きくなるように作られているんだ」

「自己増殖型か」

 右京がうめく。

「ここから出るくらいなら、殿も道連れにしていっそ冥途の道行としゃれ込むつもりだからね、馬鹿な真似はおしでないよ……」

「爆弾は何処にあるんだ」

「馬鹿だねえ、答える訳がないだろう」

 右京の詰問に、何処から出したかと訝しむほどの高い声できゃきゃきゃと笑うと虫は身体をくねらせた。

 その瞬間油断したのか左内の首の締まりが緩む。彼は気を逃さず巻き付いている虫の身体から首を抜いて腸管の襞の中に身を隠した。

 それを見た右京も襞の中に身を沈めた。

 もちろん、ドリアンコウの灯りは二人とも消している。

「ええい、そんなところでかくれんぼしているつもりかい? あたしの頭がまんべんなく探していけば見えなくてもすぐに見つかるんだよ。実はお前達がここに来たら生かして帰らないようにすると、契約しているんだ。今出てきたら、すぐ殺すようなまねはしないよ、話し相手が欲しかったところだ、胃の中の食べ物も少しは分けてやるさ。でも、出てこないんだったらすぐ殺してしまうよ」

 低い声で脅し文句をつぶやきながら白い頭が襞の中をなめまわすように探索する。

 ドリアンコウ同士が導きあうのか、右京と左内は暗闇の中迷うことなくお互いの姿を探し当てた。

「ど、どうするんだ右京」

「まずはあの虫が言っていた爆弾を見つけることだな」

 襞に身を隠しながら、右京は十二指腸を見回す。

「胃から出るとすぐ丸い形をした部屋に出たな、これが十二指腸の最初のところだ。ここはそこからさらに下のほうに向かって降りていく道の途中だ。アイツらはあまり胃酸が得意ではないし、大切な切り札をわが身から離して置いているとは考えづらいな」

「それでは、何処に」

「私が考えるに胃の中でなく……」

 その瞬間右京の気配が左内の隣から消えた。

「ぐえっ」

 カエルのようなうめき声が左内の頭上から聞こえる。

 ドリアンコウを点灯した左内の真上に虫体に巻き付かれた右京が浮かんでいた。

「良かったよ、覚えている間で。お前達に恨みは無いが、約束は守らねばねえ」

「私達は殿の臣下だぞ。お前は殿が大切じゃないのか」

 左内は不気味な身体に変わった灘奴に叫ぶ。

「可愛さ余って憎さ百倍って所だけれど、惚れた弱み、殿を殺すほどに憎み切れもしないのさ。でも、あたしを無償で虫にしてくれた人は、あんた達が必ずここに来るって言ってた。上手くおびき寄せられた暁には、始末してくれって」

「源内め……」

 左内は歯噛みする。

「源内……ね、そんな名前だったかしら」

 頭がふらふらと揺れた。

 左内の頭に虫の言葉、『良かったよ、覚えている間で』がよぎる。

「お前、もしかして記憶が」

「ああ、そうさ。徐々に人間だった時のいろんなことを忘れてきているよ。今のあたしにある記憶は、殿との一夜と、芸者をやめて虫になったことぐらいだよ」

 この女はだんだん人としての性を失って、虫になって行く訳か。

 それほどまでして、殿と添い遂げたかったのか。

 左内は灘奴の業の深さに、言葉も無い。

「左内~~、物思いにふけってないで助けてくれっ」

 はらわたから絞り出すような右京の叫びが聞こえて来た。

クレージー右京新春特別番外編―お色気剣術指南の巻―を投稿しています。

http://ncode.syosetu.com/n6873cl/

本編よりもエロ度が高いため独立しています。よろしければあわせてお読みください~~。

 みてみんに有鉤条虫の頭部を点描で描いてみました。河童に似た奇妙で不気味なその形状に惹かれました。長いものイモムシ系不気味系が苦手な方は閲覧しないことをお勧めします。

 挿絵(By みてみん)

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