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クレージー右京  作者: 不二原 光菓
ドリアン騒動
4/110

その4

「そ、それがし、腹痛が」

「国元の父が危篤との知らせが……」

 そろそろ右京の発明品が起動するという気配を感じたのか、藩士たちは次々と理由を付けて、我先に藩邸を離れて行く。無理も無いこと、と左内は初めからあきらめの境地だ。現に左内自身が先ほど、藩主夫妻を中屋敷に送り届け、藩邸にある自室で国の父母に簡単な遺書をしたためている。

 いつになく乱れた(まげ)を手で撫でつけながら、左内は小屋の扉を開けた。

 中では、血走りすぎて真っ赤な目をした右京が不気味な笑いを浮かべながら機械の調整をしている。小屋には床がなく十畳程度のむき出しの地面の中央は何やら掘り返したように色が変わっていた。

「あそこに埋めたのか、泥餡(どろあん)の種を?」

「ドリアンだ」

 右京が振り向きもせず訂正する。

「ここだけ時間をすすめるなんて芸当、本当にできるのか」

「計算上はな」

「もしかして、試したことが無いのか」

「当たり前だ。そんな危険なこと試すはずがないじゃないか」

 絶句して立ちすくむ左内の気配を感じたのか、慌てて右京が言葉を繋ぐ。

「安心しろ、我が頭脳が間違いを犯すはずがない。おいっ、そこから入るな」

 部屋の中央を覗きこんだ忠助に右京の叱責が飛ぶ。

 よく見ると部屋の中央に半分埋もれた小石のような球によって、半径が一間よりやや小さいくらいの円が形作られている。

「気をつけろ忠助、何かの拍子で機械が誤作動でもしてみろ、お前の頭が浦島太郎になってしまうぞ」

「ひえーーっ、おじいさんになるのはまだ嫌ですうっ」

 忠助は、円の中に突っ込んでいた首を慌ててひっこめる。

 円周上には杭が均等な間隔でびっしりと刺さっていた。その先端には円柱状のからくりが取り付けてあり、右京がそれを横に撫でるとカラカラと滑らかに回転した。

「これは西蔵(チベット)の寺院から伝わったマニ車、すなわち輪蔵から発想を得て作ったものだ。マニ車は回すことでその中に入っている経を読んだことにする単なる信仰の道具として扱われているが、私が思うにこれは超古代の先端技術の名残に違いない。現に内部に多少のからくりを加えるだけでこの力だ」

 右京がさらにマニ車を早く回転させると、それはぼうっと光り、あたりに金色の結界を作りあげた

「回転することによって生み出される振動が……」

 得意げに鼻を(うごめ)かしながら右京がえんえんと説明するが、残念ながら左内の理解を超えている。それよりも左内は右京の言葉を聞き流しながら、杭から出ているもじゃもじゃとした配線がつながっている大きな水車に似たものをじっと見つめていた。

 いや、それは水車というより独楽鼠(こまねずみ)が走る回し車に似ている。

 左内の視線に気が付いた右京が近づいて来た。

「それは、回転増幅機構の一部だ、その中で走ることによって生み出された力が、増幅されて先ほどのマニ車に伝わっていく」

 いや、気になっているのはそのことではない。おそるおそる左内は口を開いた。

「だ、誰が回すんだ?」

 薄情な藩士たちは逃げ散ってしまい、藩邸に残っているのは忠助と左内、そして右京だけである。

「私は元来体力が無くてな、それに私以外誰も計器を読んで指示を出せるものがいないしなあ」

 右京の視線は、お前しかいないぞ、とばかりに左内に向けられている。

「わ、私は病み上がりなんだが……」

 力無く周囲を見回す左内。傍らに立つ忠助は、お手伝いしますとばかりに目をきらめかせているが、若干11歳の少年にそれほどの馬力が期待できるとは思わない。

「そういえば、忠太郎はまだ帰ってこないのか」

 一番の元凶である、お小姓が居ないことに気が付き左内は眉をひそめる。

 大切な御遣いを頼んだのだが、どうなったことやら。一抹の不安が胸をかすめたが、今はそれどころではない。一刻も早くドリアンを手に入れて、美行(みくだり)藩の安泰を確認したいところである。

「まあいい、準備ができ次第始めよう」

 これまで藩の存亡にかかわる幾多の修羅場をくぐってきた左内だが、今度ばかりは危ないと考えている。何より成否を託しているのが、己の趣味を最優先するこの男だと思うと藩の運命は風前の灯だと思うのだ。

 青い顔をしている左内とは反対に、うれしくてたまらないといった表情で口笛を吹きながら作業を進める左内。

「ああ、人の金で実験できるとは、幸せの極みだなあ……」

 その金を作るために、この私が武士の誇りを捨てて、どれだけ恥辱(ちじょく)(まみ)れたか。左内は握り締めた拳を震わせ、唇を噛みしめる。

「さあ、準備完了だ」

 ぽん、と手近なマニ車の頭を叩き右京は左内を振り返った。

「この上にのって力の限り走ってくれ」

 にんまりと笑って、クレイジー右京が回し車を指さした。




 先立つこと半時。

 忠太郎は左内から言付かった半紙ばさみを届けた後に、神田明神の前のにぎわいを見ながら歩いていた。

「今日は縁日なのかなあ」

 神社の入り口には串団子や大福、甘酒などの様々な出店が並び、売り子たちが大声で客を呼びこんでいる。屋台に飾られたかんざしが風に揺れる様子は、付けもしない忠太郎も思わず見入ってしまうほど美しかった。

「いやいや、こうしてはいられない」

 自分のために献上品が失われてしまったのである。一刻も早く藩邸に戻って小屋の設営を手伝わねば。

「もし、天晴(あまはら)様の御家中の方ではないか?」

 忠助が振り返ると顔から肩までをすっぽり隠し、目だけを出した山岡頭巾をかぶった男が近づいてくる。

「お忘れか、私は以前貴殿にお助けいただいた小夜の父親でござる」

 全く覚えはないが、助けた女性という魅力的な言葉に思春期の入り口に立つ少年はその男の顔を覗き込んだ。

「その節は世話になった。あの時は慌てていて、持病の(しゃく)を起こした娘を家まで負ぶってきていただいたお礼をせぬままで、心苦しく思っていました」

 ははあ、兄上と自分を間違えているな。

 忠太郎は心の中でぽん、と手を打った。

「ここでお会いできたのも神様の取り持つ縁。どうです、どこかで甘いものでも……。いや、甘いものでなくても構いません、なんでも好きなものを御馳走いたしましょう」

 手伝いに帰らねば……、という良心の叫びが無いわけではなかったが、この機会を逃すと次に奢ってもらえる保証はない。

 まあ、藩邸にはしっかりものの兄上がいれば大丈夫だ。

 現金な弟はその男の後に付いて、歩き始めた。




「種子発芽から実がなるまでほぼ8年から10年。そこまで時間を進ませなければ実を得ることはできないだろう。加えて大量に水が必要となるから、この吸い上げ装置で神田川の水を供給するようになっている。その力をすべてこの回転増幅機が紡ぎだすのだ」

 右京は他人事のように笑みを浮かべて左内の方に向き直る。

「さあ、左内殿は頑張れるかな?」

 傍らには袖を白い紐でたすき掛けし、袴をたくし上げた左内が輪の中に立っている。額にも白い鉢巻を巻き、まるで出陣前のような緊張した表情で唇を結んでいる。

 右京の問に静かに頷くと、彼はゆっくりと脚絆を履いた足を踏み出した。徐々に水車のような輪っかが回っていく。ごつい見た目とは裏腹に、しばらくするとむしろ左内の足がついていかないくらいの勢いでその輪は軽快に回り始めた。

 ウィーーンと静かな振動が小屋に満ちる。

 マニ車が黄金色に輝いて勢いよく回り初め、円の周りの小石から虹色の光が天井に伸びた。虹色の光に囲まれた部分は白く輝き、天井から激しく水が噴射されたり止まったりしている。虹色の光で包まれている円柱の内部は結界となっているのか、水はその外には漏れてこない。

「キタキタキターーーーーっつ」

 有頂天の右京の叫びが小屋に響き渡る。

 突然土が盛り上がり、弓なりになった小さな芽が出現した。先端はまだ種にくっついているが、右京は躍り上がっている。確かにこの円柱の中の時間は早く進んでいるのだ。

「出たぞ、左内。芽だ」

「芽かっ!」

 左内の走りにも一層熱がこもる。

 ほどなく曲がりくねった芽がまっすぐ天井に向けて伸びると、二つに折れた本葉が形成され始めた。

「本葉だ」

「本葉かっ」

 まるで我が子の成長を喜ぶ親のような気分で二人は叫ぶ。しかし、このままのスピードでは、まだまだ先が長いことが見て取れた。ぐずぐずしている暇はないのだ。歯を食いしばってさらにスピードを上げる左内。

 弱々しかった茎がどんどん太くなり見る見るうちに幹に変化してきた。そして一刻もたったころには背が高くなった木は四方に枝を広げ、枝に連なった紡錘形の葉をどんどん広げ始める。結実はもうすぐだと誰の目にも明らかであった。

「くおおおおぬううぉううう――――」

 左内はそれを見てますます走りを激化させる。

「まて、左内。頑張りすぎだ」

 右京は手前の計器の針がふり切っているのを見て、顔色を変えた。

 マニ車は黄金色から、白く色を変えてまるで燃え上がるかのように光を発し始める。結界の中の虹色もそれとともに真っ白に輝き始めた。

「逃げろ、左内、忠助」

「え?」

 いきなりの言葉に唖然とする左内、勢いよく回る輪の中で走りを止めることもできずに、右京の顔をぽかんと見ている。

「いかん、限界だ」

 輪っかの中の左内を引きずり出して、背中に担いだ右京が小屋から走り出る。

 続いて忠助も。


 カッ。


 三人が飛び出た直後、背後で白い火柱が星空に向けて真っ直ぐに上がった。

 爆風に飛ばされる三つの影がまばゆい光の中、黒く浮かび上がる。

 地響きとともに轟音が響き渡った。

 地上に落ちた彼らが息を弾ませて見たものは、火の粉を受けて真っ赤に燃え上がる美行藩邸であった。

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