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クレージー右京  作者: 不二原 光菓
ドリアン騒動
20/110

その20

 一方こちらは時間進行装置でドリアンを育てている右京たち。

 左内が曽根美濃(そねみの)藩邸に飛び出していってからほどなく、右京は地上から約2間(約36メートル)にわたってそびえるように伸びたドリアンの木に青い実がいくつかなっているのを確認した。

 安普請の細長い建物の屋根はとっくの昔にドリアンに突き破られて、右京達の足もとには木切れが散乱している。

「ようし、ゆっくり走れ」

 走者は後退して忠太郎になっている。彼は息も絶え絶えといった風情で水車型の回転増幅機構の中で走りを緩めた。それとともに、ドリアンに狙いを定めている時間進行装置の先端は激しく閃く金色から穏やかな黄色に変わってきた。

 幹に直接連なっている青々としたドリアンの実が先ほどまでの高速の変化を止め、ゆっくりと大きくなっている。

「見て見ろ、大成功だ」

 右京が高い鼻をぴくぴくと動かす。

「そうかね、あんたの大成功はどうも不吉な香りがするんだけどね」

 おけいがつぶやいたその時、忠助の悲鳴が上がった。

「あぶなっ……」

 ひゅっ、ぼとっ。ぼとっ。

 二人の頭上からドリアンが降り注ぐように落ちてくるではないか。

 頭上はるか高くから地上に叩きつけられたドリアンは、次々に悪臭をまき散らしながら砕け散る。

「にっ、逃げろっ」

 鋭い棘に刺さったら大変だ。三人と鶏は慌てて小屋の外に飛び出した。

「ど、どうするんです、右京様。このままではまともな実が手に入りません」

「ここまで来たら充分だ。木を切って……」

「大変だよ、大変なんだよっ、ちょっと右京っ!」

 おけいがいきなり羽をバタつかせて、右京の肩に飛び上がる。

「わっ、重いっ邪魔だどけっ」

「それどころじゃないんだよっ、美鷹(みたか)から繋ぎがあって、賊に左内様が捕まったみたいなんだよっ。左内様が敵の手におちているから鷹どもも手出しできなくて」

「まさか。あいつは頭は凡庸だが、剣術にかけてはまるで物の怪、ひーっ」

 おけいの(くちばし)が右京の耳をはさむ

「左内様を物の怪よばわりするとは、この無礼者っ。まじめにお聞きっ」

「痛っ、あの堅物、どうせ女にでもたぶらかされたんだろう」

 妙に鋭い右京に、おけいは口をつぐむ。

「女なんて、単に機能が違うだけで同じ種族なんだからそんなに構えることは無いんだよ」

「落ち着いてないでどうにかしておくれよ右京、このままじゃ左内様がっ」

「ちぇっ、お前ら左内の事になると目の色が変わるな」

「だって。あーーっ、左内様殴られてるって」

 鶏は我がことのように身を震わせる。

「私を七味や山椒に(まみ)れさせた天罰だ」

「早くどうにかしなさいよっ」

「どうにか、って無理を言うな。火の粉は自分で払ってもらおう。私は武力とか暴力とは無縁の清冽な人生を歩んで……」

「このアホっ」

 鶏の足が右京の頬に炸裂した。頬に赤い足跡を付けた右京はしりもちをつき、鶏はその反動で地面に転げ落ちる。

 土に汚れた羽を羽ばたかせておけいが叫んだ。

「あんたたち、親友でしょっ」

「はあああ?」

 初耳だ、とばかりに右京の目が丸くなる。

「あんたは国元では実験の失敗の穴埋めを左内様にしてもらったし、ここでも何かと左内に助けてもらっているだろう。そして、そして、あんたは誰にでも自分を律して丁寧に振る舞う左内様が、唯一無礼にふるまえる相手なんだよっ」

「……それは、喜んでいいのか」

 首を振りながらも、右京は虚空をじっと見つめた。

 目がだんだん金色に輝き始め、白目に赤い血管が浮き出る。

「ま、アイツが居なくなれば、栗饅頭に不自由しそうだしな」

「出た、奇跡と災厄を呼ぶ男……」

 おけいが息を飲む。

 目の前に立ち上がった男は今まで以上に常軌を逸したオーラを纏っていた。

「クレイジー右京、ただいま降臨」

 薄い月明かりに浮かび上がったシルエットはなぜか西洋の悪魔を彷彿とさせる。

「忠助、忠太郎、手伝え。栗饅頭30個分の働きはするぞ」

 闇の中で黄金色の目がギラリと光った。




 そういえば今まで精神的窮地はあったが、戦闘という意味では窮地に陥ったことがなかった。と、左内はぼんやりと考える。

 泰平の江戸では剣術の試合は多々あれど、本格的な戦闘を経験する機会は極めて少ない。剣術の劣勢からはね返す技の知識はあっても、このような展開からの逆転方法は……、左内は殴られながら乏しい人生経験を総点検する。

 数度ではあるが、さすが首領の打撃だけあって意識は失わないまでもその衝撃は地獄の釜の蓋を開けたかと錯覚させるほどの威力があった。

「ええい、もうドリアンの種はいい。天晴(あまはら)藩の秘密さえわかればそれでいいのだ。先日の小僧よりはよっぽど役に立つだろう、こいつを連れて行け」

 男たちは膝を付いている左内を立たそうとして、引っ張る。しかし、左内はなけなしの体力を振り絞って、上半身を動かし抵抗する。

「ええい、まだ足りないのか」

 首領の言葉とともに渾身の一発が決まって、左内の頭ががっくりと垂れ、そのまま全身の力が抜けたように倒れ込む。ドリアンコウも光を失った。

「連れて行け」

 首領の命令で男が左内を担ぐ。

 その時、左内の手が男の首を絞めた。頸部の急所を正確に攻めたためか、男は左内とともに崩れ落ちる。わざと明かりを消し、暗闇の中で縄をほどいたのはドリアンコウである。そして同時に左内の脳に刺激を与え覚醒させた。

「おのれ、我らの固い縛りをほどくとは……」

 体制の整わない左内に首領が突進する、しかし左内はその腕を素早くひねると相手の勢いを利用して地面に叩き付けた。

「やったあああ、さすが御家老様っ」

 上空で美鷹が歓声を上げる。

「左内様を援護するわ、行くよっ」

「寝起きの左内様に勝てるものなんかいないのにねえ」

 貴鷹(きーたか)舞鷹(まいったか)も姉に後れをとるものかと羽を翻し急降下した。




「種はとったか、忠太郎、できるだけたくさん持ってきてこちらに埋めるんだ」

 右京は盛り土の周りに次々に種を植えていく。

「マニ車はここでいいんですか?」

 叡智の城と右京が名付けた、時間進行装置のある細長い建物をぐるっと一周するように、初日に使ったマニ車の付いた棒を立てていく忠助。

「いいか、ネズミ兄弟ども。今度は二人で回し車に入ってもらう。左内のためだ、力の限り爆走しろよ」

 心酔する御家老様のため、兄弟は大きく頷いた。

 右京は叡智の城の中で、今度は計器の数値を次々に変えていく。

「これも制限解除、これも、これも、これも、これも……」

「今日でお江戸八百八町が終わりってことはないだろうなあ」

 鬼気迫る右京の後姿を見ながら忠助がつぶやく。

「今宵限りの命ならば、今のうちにこの官能の果実を……」

 忠太郎はどさくさに紛れて、砕けたドリアンを貪るのであった。




 敵の手からは逃れたが、左内の体力はすでに限界を大きく過ぎている。

 徐々に包囲の間は狭まり、彼に再び窮地が訪れた。

「どなたか、助太刀を頼むっ」

 左内の悲痛な叫びも、広い藩邸の中でうつろに響くのみ。

 賊との力の差を思い知っている曽根美濃藩士は誰一人助けに来ようとはしない。

 なぜか藩主も外に助けを呼びに行こうとはしないようだ。

「池津様、お隣の御家老様が一人で奮戦されていますが」

 屋内では、外の様子を伝令が逐一伝えている。

「ふん、昼間の怪異と言いあ奴が我が藩に禍をもたらしているのは明白。噂によると武芸の腕は相当らしいから、なんとかするだろう」

「多勢に無勢、さすがの御家老も劣勢のようですが。我々だけではあの一味に立ち向かえません、なにとぞお助けを他にお求めくださ……」

「黙れっ、あの蔵には誰一人他藩のものを近づけてはならん。いいか、わかったな」

 藩主に一喝された藩士は何か物言いたげに口を動かしたが、そのまま部屋を後にする。どうだった、とばかり同僚らしき藩士が近づいてくる。

「だめだ、助けは求めるなというお申し付けだ。あの蔵には他藩のものを近づけられないのだ」

「なぜあの蔵に近づけてはいかんのだ?」

 伝令を務めた藩士はそっと声を潜める。

「これは一部の者しか知らない秘密だが、あの蔵には藩主のご趣味である危絵(あぶなえ)、春画が本に偽装されて山ほど積み重なっているのだ。油紙につつまれていて外からは見えにくいがもし土蔵で乱闘でも起こったら、ばれる可能性は大きい」

「……秘密が外に漏れないために、助けを呼ばないだと」

 藩士二人は呆れたように顔を見合わせて、大きく溜息をついた。

 主人に恵まれていないのは左内一人ではない、ということだ。




「早くしておくれよ、左内様がもう限界だよ」

 おけいの金切声が叡智の館に響く。

「先に出て行けおけい。ここはもうすぐ地獄絵図になる」

 目の前ににょきにょきと生える数本のドリアンをまっすぐに見ながら、右京が振り向きもせずに言い放つ。数か所の銃型時間進行装置は金色を通り越してすでに白い炎を上げている。忠助たちの爆走のおかげであろうかそれぞれのドリアンにはすでに数十個の実がなっていた。

 おけいが逃げたのを確かめて、右京が赤いボタンを押す。

「いいか、この機械が百数える間死ぬ気で爆走しろ。それからすぐにこの館を脱出するぞ。逃げ遅れれば命は無い、わかったな」

 必死に走りながら、眼だけで頷く尾根角(おねずみ)兄弟。

「一、二、三、四……」

 冷徹な機械音が響き渡る。

 兄弟たちは、目をギラギラさせながら足の回転を速めた。

「九十九、百……」

 館を飛び出ておけいのほうに向かって走ってくる三人。

 彼女は空間が歪み始めるかすかな振動を感じていた。




 自らの剣が重い。

 左内は太刀筋の制御が徐々にぶれてくるのを感じていた。

 それとともに、敵が付け入ってくる回数が増える。

 もう、峰打ちをする余裕が無い。最後に敵が倒れたのは随分と前の事だ。援護してくれていた鷹姉妹たちも、怪我を負ったらしく攻撃の頻度が減っていた。

 打ちかかる敵をかわしたその時、彼の左肩に何かが突き刺さった。

 敵の囲みの外に、首領に寄り添うお玉が見える。

 片先に突き刺さった(かんざし)には痺れ薬が塗ってあるようで、彼の左腕は瞬く間に鉛のように重くなっていく。

「もはや、これまでか……」

 ええい、そういえば栗饅頭30個はどうしたのだ!

 左内の頭の中に栗饅頭を頬張る右京の姿が浮かぶ。

 疫病神は、うれしそうに饅頭を持って口角を上げるいつもの笑みを浮かべた。

 そして右京は栗饅頭を持っていないほうの手でまっすぐに頭上を指し示した。

 何か言っているようだが、よくわからない。

「幻覚が見えるようになっては私もおしまいだな」

 なぜか急に笑いがこみあげてくる左内。

「ははは、ははははっ」

「こ、こいつ気が触れたのか……」

 左内を取り囲む賊たちは、気味悪そうに後ずさる。

 次の瞬間、いきなり地面が轟音に震えた。

 よろめいて倒れる男たち。

 そして、ぼんやりと見えていた月明かりがいきなり消えた。

 と、同時に

 ドドドドドドドーーーーっ。

 いきなり雪崩が邸内に降り注ぐ。

 次々に上がる断末魔の悲鳴。

 雪崩の正体は、ドリアンであった。




 館から脱兎のごとく逃げてきた三人。

 その後ろでまた昨日のように火柱が上がる。

 地が裂けるかと思うほどの爆発音と揺れ。おけいは思わず身を縮めた。

 ああ、また爆発したわ。おけいは絶望に満ちた視線を上げる。

 しかし、昨日と違ったのはマニ車で作られた結界が時空をゆがめたのか、火柱は広がらず、まるで円筒形に固められたかのようになっていたことだ。そしてその見えない筒の先端から勢いよく噴出した内容物は、放物線を描いたように隣の藩邸に落下して行った。

 隣の邸内から、曽根美濃藩士たちが出て来たのかなにやら先ほどとは違うざわめきが聞こえてきた。

「隣の賊ども、今頃ドリアン爆弾の雨で半死半生だろう」

 してやったりとばかり鼻を(うごめ)かす右京。

「む、無差別攻撃ですか……」

 忠助が口をあんぐりと開ける。

「何考えているのあんたっ、あそこには左内様もいるのよっ」

 おけいがくってかかる。

 右京はわかっているとばかりに鶏を制し、自分の額の赤い斑点を指さした。

「大丈夫だ、このドリアンコウどもはお互いに淡い感応能力がある。私の意図は伝わっているはずだ」

「伝わってないっ!」

 何時の間に立っていたのか右京の後ろで、満身創痍で全身ドリアンだらけの左内が叫ぶ。

「もっと丁寧に伝えろっ。手を上に上げただけで、伝わるわけないだろう」

 右京の首根っこを摑まえて揺さぶる左内。

 右京は恩知らずだの、栗饅頭の数がだの言いながら必死に弁解している。

「御家老様、御無事でなによりです」

 うれし涙にくれながらおけいが左内に尋ねる。

「ところで賊はどうなったんですか?」

「いまごろ曽根美濃藩士たちが、捕縛していることだろう。後は任せて帰って来た。奴らが何者なのかは後日はっきりするだろう」

 左内は挨拶をするように旋回して飛び去る鷹姉妹に大きく手を振った。

「ところで右京、あんた無傷のドリアンをどこかに除けてあるんでしょうね」

 おけいの突っ込みに右京の表情が凍りつく。

「あ、忘れた」

「どうせそんなことだろうと思った」

 左内は布きれに包んでいたドリアンを皆に見せる。

「積み重なった賊どものおかげで奇跡的に割れずにすんだものがあったので持って帰ってきた。明日はこれを献上していただこう」

 やったーっ。

 神妙な表情の尾根角兄弟が躍り上がる。

 左内が横目で忠太郎を睨んだ。

「おい、もう食べるなよ」

 忠太郎が恥ずかしそうに頭を掻く。天晴藩邸には二日ぶりの笑い声が響いた。




「殿、首尾はいかがでございましたか」

 全身に包帯を巻いてまるで異国の木乃伊のようになった左内が、登城を終えて中屋敷に帰還した天晴(あまはら)公を出迎える。

「ああ、たいそう気に入っていただいたようじゃ。美味しいとおっしゃっていた」

「臭いで御不興をこうむるのではないかと恐れていましたが、何よりです」

「いや、将軍はどうやら風邪を召しておられるようでな、臭いがわからなかったらしい」

「それは、なによりでございました」

 安心の余り全身の力が抜ける思いの左内である。

「しかし、不思議だな」

 天晴公は玄人の女性をも落とすその少し垂れた茶色の瞳を閃かす。

「家治公は、吉宗公をずいぶん信奉しておられる。普段は珍奇な食べ物を遠ざけておられるそうだが、なぜこのドリアンにこのように興味を示されたのか。まるで……」

 その後の言葉は発されなかったが、左内にはわかっている。

 まるで、我が藩を試しているかのようだ。

 公共事業への出資を少しでも少なくするために、手を尽くして殿に将軍に取り入ってもらったのだが、なにやら方向が妙な方向に向いている気がする。

 しかし、殿を疑っているのであれば、面妖な果実に口など付けぬはず。

 今回の事、吉と出るのか凶とでるのか。

 左内はまるで持病のようになった嫌な予感を、溜息とともに吐き出した。

「そういえば、隣からは何も言って来ないか左内、くさや邸と朝から評判らしいが」

 確かに、美行藩上屋敷では風むきによっては曽根美濃藩邸から発したドリアンの悪臭が漂ってくる。

「今回はドリアンの種を盗んだり、私を見殺しにしかけた事など、いろいろ後ろめたいことがあるせいでしょうか。美行藩への苦情は今のところありません」

「ま、いろいろ片付けで大変なんだろう」

 さすがの早耳の殿も、ドリアン片付けの際に危絵が奥方に見つかり、隣の藩主はただいま夫婦げんかの真っ最中で苦情どころではないという裏事情までは察知できないようだ。

「おお、そうじゃ左内、緊急発売された錦絵が江戸娘に大人気だそうだが」

 殿は茶色の瞳を悪戯っぽく閃かして懐からごそごそと錦絵を出す。

 慌てて身を乗り出すとひったくるようにして絵を見る左内。

「うっ」

「な、左内。お前にそっくりだろう」

 そこには花魁姿の華奢な女性が口に布を加えて身悶えている姿が描かれてあった。




「うっわー、こりゃ誰が見ても御家老様だよ」

 忠助と忠太郎が頬を赤らめながら店先で飛ぶように売れている錦絵を見つめる。

「きゃーっ、左内様、いけませんわ、いけませんわ」

 江戸の腐娘達が錦絵を片手に大喜びしている。

 絵の片隅に入っているタイトルは片思内恋行杉かたおもいうちなるこいのいきすぎ美人左苦乱図(びじんさくらんのず)

「見て見ろよ、ご丁寧にも美行と片杉左内って字が入ってるぜ。また無断で描かれてさすがの御家老様も今度ばかりは御怒りになるぞ」

 忠助が肩をすくめる。

「いや、多分御家老様御公認だ」

 忠太郎の一言に、忠助は目を丸くする。

「見ちゃったんだよな、あの日」

 右京に強要されてどうしても五十両を用意しなくてはならなくなった日。忠太郎は、左内が長屋のうらで化粧を落としているのを見てしまったのだ。おそらく金を工面するために、錦絵の得意な藩士に自分を書かせてそれを泉屋に売り込んだのであろう。

「ああ、確かに次郎兵衛は錦絵が上手いからな」

 忠助が頷く。

「おお、そうだっ」

 忠太郎がぽん、と手を打った。

「今度、駄賃を貯めて次郎兵衛に頼んで危絵を描いてもらえばいいのだっ」

「天晴忠太郎っ、我が弟ながら鬼神のような思いつきだ」

「兄上っ、まずは値段交渉を」

 二人は再建中の美行藩邸に駆けだした。




 気のせいか、春風にのってどこからともなくドリアンの臭いが漂ってくる。

 ここは中屋敷だ。そんなはずはない。左内は書を読みながら首を振る。

 もう思い出したくない臭いだが、鼻腔の中にこびりついているのか。

「おい、左内」

 ん。左内が顔を上げると庭先に満面の笑みを浮かべた右京が立っていた。

「奥方様が、この味をえらく気に入られたようだ。御所望があったので持って来た、おい」

 右京の合図で忠助と忠太郎が顔を赤くして大八車を押してくる。

「お、重いです兄上」

「馬鹿者、弱音を吐くな。お駄賃のためだ頑張れ」

 大八車の上に盛り上がっているのは、ドリアン。

「お前、こんなに持ってきてどうする」

 怒りと悪臭のあまり、震え声の鼻声で詰問する左内。

「収穫量の制御はできないんだ。家に置いといても臭いしな、あしからず」

 そう言い捨てて、右京は逃げるように帰っていく。

「おい、藩邸はゴミ捨て場じゃないぞ。こんなところに置いていくな――っ」

 左内の絶叫も空しく、天晴藩中屋敷にもその香しき香りが立ち込めるのであった。

 悪臭とともに、何やらきな臭い香りも漂ってきた美行藩。

 藩を狙う黒幕の正体は、そして将軍の心中やいかに。

 御家老様の御苦労はこれからも続く……。

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